第2章 痴漢
元々、ラッシュ時ピークを避けていたから、まだ遅刻にはならない時間だけれど、そうこうしているうちに、到着する電車はどんどん混雑してくる。
まだ、学校の最寄り駅には15分以上かかる。
電車に乗るのが怖い。
でも、今日は何としてでも登校しないと。
入学式の日、新入生代表の挨拶があったのに突然高熱が出て休んでしまい、皆に迷惑をかけた。
今日は上級生とのオリエンテーションがある。
そこでまた新入生代表の挨拶をしなければならない。
自分の都合で、また迷惑をかけるわけにはいかない。
持ってきたハンカチで血を拭い、次の電車に乗るべく、ホームに整列する。
足が震える。
血の気が引いていくのが分かる。
気分が悪くなってくる……。
「これ、良ければ使って」
彼が渡してくれたのは、小さなタオルだった。
先ほど、自分のハンカチは血を拭くのに使ってしまったから、それを見て、彼が気を使ってくれたんだ。
「ありがとうございます……」
出来れば男性に物は借りたくはなかったけれど……でも、今の状態では、やっぱり必要な物で。
……お言葉に甘えて借りることにした。
「返さなくていいっスからね」
「えっ……そういうわけには!」
驚いて顔を上げた時、私はようやく彼の顔を正面から見た。
思わず、絶句。
芸能人……を身近で見たことはないけど、きっと芸能人って、こういう人がなるんだな。
こんなに綺麗な人を見たことがない。
凡人の私とは全く別世界のひと。
あんなにみっともない所を見せて、本当に恥ずかしい。
「あの、今日は本当にありがとうございました。私、もう大丈夫なので」
「とてもそんな風には見えないっスけど……でも、どうしても登校するってんなら、オレに出来ることは協力するっスわ」
え?
ホームに電車が入ってきて、ドアが開く。
既にギュウギュウに押し詰められた人を見ていると、吐き気がしてくる。
すると、彼がドアの端から乗車し、こちらに手招きをした。
「よっ……と ほら、こっち おいで」
どうしよう。怖い。
でも、このままじゃ1人では絶対に乗れない気がする。
男性を信じていいの……?
怖い……怖いけど……!
私は、覚悟を決めて歯を食いしばり、彼の招く方向へ行く。
息を止めて私もドアの端に乗車すると、発車のベルとともにドアが閉まった。