第57章 透明な君
青山の撮影スタジオは、地下鉄の駅から少し離れた場所にある。
どれだけ着込んでも和らがない寒さに背を丸めながら先を急いだ。
みわ。
お願いだから朝から誘わないで。
気持ちよさそうにオレの布団にくるまる姿がまるで天使のようで、羽が生えて飛んでいってしまうかと思った。
眩しいほどキレイになったみわは更に儚げになり、ずっと掴んでいないとスルッとどこかへ逃げてしまうような、そんな感覚に陥る。
……今日は早く撮影を終わらせたい。
みわを隅々まで感じたい。
「オハヨウゴザイマス」
マネージャーが既に控え室前で待機している。
「おはよう黄瀬君、着替える前に監督が話したいって」
「リョーカイっス」
そう言われ、控え室には入らずスタジオに先に立ち寄った。
「おはよう」
「オハヨウゴザイマス!」
カメラマンや監督達と先に注意事項などを確認するのだろう。
このふたりのタッグが作る世界観は美しくて儚げで……好きだ。
撮影が入ってしまったのは不本意だけど、どうせ撮ってもらうならいい作品にしたいと思う。
「今日は宜しくね。セミヌードで色っぽいの沢山貰うよ」
「せ、セミヌードっスか!?」
待って。
初耳なんスけど。
「いい顔頼むよ」
「それで、相手役の子なんだけどね」
「相手役!?」
監督は1枚の紙を取り出した。
今売り出し中のグラビアアイドルが写っていた。
「今日は官能映画の如く絡んで貰うよ〜」
マジか。
オレ、今年厄年?
「大変です! 監督!」
バタバタとスタッフが駆け込んでくる。
「相手役の子、新幹線移動中に架線火災で完全に立ち往生しています!」
「復旧見込みは?」
「見込み立たずだそうです……」
「うん、じゃあ代役立てよう」
あまりにアッサリした監督の言葉に思わず口を挟んでしまう。
「えっ、いいんスか?」
普通は仕方なく別日とかに……そんなにスケジュールがタイトなのか。
「元々、ゴリ押しで決まった子だ。イメージと合っているわけではなかった」
なるほど。
丁度良かった、ということか。
「モデルのSariなら、今日空いてます」
Sari。
この世界は意外に狭いから、モデルをやっていればいつかまた、と覚悟はしていたけど。
期間が短すぎるっスよ……。