第56章 信頼のかたち
「午後は何か用事はあるの?」
並んで食器を洗いながらお喋り。
いつもの時間のはず。
なのに、ふたりの間の僅かな違和感。
いや、オレが距離を取ってしまっているのか。
「ううん、ないっスよ」
「お仕事、疲れたんじゃない? 朝早かったし、お昼寝しなくて大丈夫?」
美味しいご飯で腹を満たし少しだけ眠気が訪れていたが、気付かないフリをしてやりすごす。
折角のふたりで過ごせる時間。
また練習や学校が始まれば、こんな風に1日中ゆっくり出来る機会は、そうそうなくなると思うから。
「……実は明日も、撮影になっちゃって。だから今日、ゆっくりしておきたいんス」
「あっ、そうなんだ……大変だね。頑張ってね!」
一瞬、ガッカリした顔が見えてしまった。
それでもすぐ取り繕って、いつもの表情にするのが健気で胸が痛む。
「ごめんね」
「ううん、お仕事なんだから仕方ないよ」
なんでそんなに聞き分けがいいんスか?
少しは、ワガママ言ってよ。
一緒に居たいって、言ってよ。
「涼太、後はやるからゆっくりしてていいよ」
「いや、早く終わらせてふたりでゆっくりしようよ」
オレひとりでゆっくりしたって意味がない。
頬を軽く染めたみわがクルクル動いて次々に片付けを終えていく。
気付けば手伝えることがなくなっていた。
「……もしかして、普段オレが手伝わない方が早く終わるっスか?」
オレ、邪魔してた?
「そんなことないよ。ふたりでやると速いよ。何より、楽しいの」
不意打ちでサラッとそんな事を言うもんだから、オレまで顔が赤くなりそうだ。
みわは、とぽとぽといい音を立ててお茶を入れだした。
長い睫毛に大きな目。
つやつやの髪。
ぽってり厚めの唇。
長い首に細い肩。
折れそうな二の腕に柔らかい胸。
細い腰に長い足。
どこを見ても魅力的で、大好きなヒトのそれは、情欲を掻き立てられる。
散々唇を重ね、身体を合わせ、愛撫し、堪能した身体。隅々まで知り尽くしている。
それなのに、触れる事ができない。
この肌に、どうやって触れていたんだっけ。