第56章 信頼のかたち
着信履歴から、Sariの番号を選んで電話をかける。
しばらくかけても応答はなかったが、6度目の発信で繋がった。
『なに?』
一言目がこれか。
「……みわに会ったのか」
『ええ。お宅にお邪魔したわ』
「何をした」
『話したわよ。全部』
全部……!?
「な、」
プツッ
そこで電話は切れた。
電源が切られたらしく、その後は何度かけても繋がらなかった。
「ただいま!」
脱いだ靴を揃えることもせず、リビングへ駆け込んだ。
「あ、おかえりなさぁい」
いつもの優しい声。
鼻声なのは変わらない。
マスク姿のみわがキッチンで料理をしている。
少し、目が赤い。
コンソメとニンニクのいい香り。
「寒いよね、お茶いれるね。お腹空いた? まだ少しかかるから待ってて貰えるかな」
微笑んでお茶を入れてくれるみわ。
その仕草も空気もあまりにいつも通りで、咄嗟に今の状況が思い出せなくなりそうだ。
「Sariさんから、この間のお礼ってお菓子頂いたよ」
お茶をコタツまで運んで、テーブルの上の華やかな柄の箱を開けると焼菓子の詰合せが目に入った。
「はい、コート」
みわは、スルリとオレが着ているコートを脱がすと、ハンガーを持ってリビングを出て行った。
「みわ」
「はいはい?」
いつものタイミング。
一見、いつものみわ。
「マスク。まだ体調良くない?」
朝、出発する時には咳などは出ていなかった筈だけど。
「あ、念のためだよ、もう元気」
パタパタとキッチンへ戻ってきて、何事もなかったようにオーブンの前で中の様子を伺っている。
なんとなく感じた違和感に、そっと背後に回ってマスクを取った。
「!」
みわの肩が強張るのを感じる。
「みわ……こっち向いて」
「あ、ちょっと、ちょっとだけ待って。マスク、返して」
「待てねぇスよ」
手で頬を包みこちらを向かせると、頬を真っ赤に腫らした顔。
予想外の事態に絶句した。
「だっ、だめだってば……」
「ねえ……どしたんスか、これ」
「……」
真っ赤な頬と目元。
"どうした"なんて、聞く方が愚かだった。