第56章 信頼のかたち
「はーい黄瀬くんオッケー!」
現場監督のOKが出て、なんとか撮影は終わった。
「よかったよ! 突然お願いしてしまって悪かったね」
「いえ、お役に立てて良かったっス。スンマセン、じゃあオレはこれで失礼シマス」
衣装を脱ぎながら控え室に戻ると、部屋ではマネージャーが待っていた。
「あ、黄瀬くんお疲れ様。久々なのに一発オッケーとはさすがね」
「お疲れ様っス! じゃあ、オレ帰ります」
マネージャーがこちらを見ていないのをいいことに、その場で着替え始める。
「ああ、急いでるんだったよね。明日はもう少し遅い開始時間だし、青山のスタジオだから楽でしょ。また明日」
「……は……? 明日……?」
なんだそれ。
聞いてねぇんスけど。
「あれ? これもSariちゃんから伝えて貰った筈なんだけど……」
「あ、明日までなんて聞いてねっス! 他のヒトいねぇんスか?」
「何言ってるの。明日の仕事は正真正銘、アナタに来た仕事なんだから。今更キャンセルなんて出来ないわよ」
「……マジっスか……」
今は1秒でも長くみわと居たいのに。
「すぐ終わるっスかね? なんの撮影?」
「はぁ……本当に何も聞いてないの? 追って連絡しなかったわたしのミスね。ごめんなさい。明日は1日がかりで新作香水の撮影よ」
「香水……」
みわのふんわりした香りを思い出す。
香水なんてつけていなくても、甘く優しい香りが鼻を擽るんだ。
みわに会いたい。
「……ワカリマシタ。じゃあ、明日」
撮影スタジオなどの詳細が書かれたメモを受け取り、荷物を乱暴に手に取って、駅までの道を走り出した。
スマートフォンを取り出し、着信がないことを確認してからみわに電話をかける。
頼む、無事でいて。
『……もしもし?』
その一言で分かるくらいの鼻声だった。
足が止まる。
「……みわ? 誰か来た?」
『……Sariさんが、きたよ』
遅かった。
「何か言われた? 何かされた?」
『ううん、この間のお礼って……お菓子を置いて行ってくれただけ』
そんなわけあるか。
あのヒトがそれだけで帰るわけがない。
「オレ、撮影終わったから。これから帰るからね!」
『うん、待ってるね』
弱々しい声だった。