第56章 信頼のかたち
「……みんな、はなれていっちゃう」
暫くして、Sariさんは小さく、本当に小さくそう呟いた。
「おとうさん……おかあさん……あたしのこと……いらないって……」
……家庭でもひとりぼっちだったの?
「だれも……あたしのことなんて必要としてくれない……」
ぽつり、ぽつりと囁く声が静かになったリビングに響いた。
「そんなことないですよね……? 今は付き合ってる方、いるんですよね?」
「……もう……きらわれた……あたしが、気持ちを試したのが許せないって……」
「試したって、どんなことを……?」
「っ、男と……寝た」
それは……やっちゃいけないことだ。
絶対に。
「Sariさん、愛って、試したりするものじゃないよ……」
「でも……どうしたらいいのか……分からない……愛して……ほしい……愛されたい……人が……羨ましくて仕方ない……」
「相手の人にはそう伝えてる?」
「言えない……あたしなんか……愛してもらえるわけ、ない……」
いつも強気で、堂々として、美しいSariさんの本当に意外な一面。
「そんなことないよ……ちゃんと、怖がらずに思っている事を伝えて。愛してほしいなら、同じくらい自分から伝えなきゃ……」
「だって……それで、拒否されたら……あたし……」
「Sariさん。何もしないうちからそんな事言わないで。ね?」
「うぅ……」
泣き続けるSariさんを抱きしめ続けた。
細く骨張った身体に寄り添っていると、彼女のポケットから振動を感じる。
「Sariさん、電話?」
気付いた彼女がバッと顔を上げ、急ぎ画面を見ると固まった。
どうやら恋人のようだ。
「ほら、出ないと」
「……でも……」
「Sariさん。いつまでもこのままでいいの? 一生、変われなくていいの?」
Sariさんは恐る恐る応答ボタンを押した。
電話を持っていない方の手が震えている。
落ち着くように、そっと握った。
「……もしもし……うん、あたし……。……ごめんなさい……うん……」
暫くして、静かに通話は終了した。
「……これから……会う事になった……ごめんなさい……取り乱して」
「……貴女が涼太にしたこと、許したわけじゃない……でも、……今は頑張ってきて」
「……ごめんなさい……」