第56章 信頼のかたち
シュウウウウという蒸気の音が僅かに耳に入る。
目の前が洗面台ではなくなっていた。
ここは……ベッド……。
さっきの音は、加湿器の音。
私、気分が悪くなってどうしたんだっけ。
「みわ、具合はどうスか」
涼太。
「……私洗面所で……」
「うん、倒れてた。熱が高い……ごめんね、寒い中ずっと待ってたんスね」
確かに、身体のこの感じは高熱が出ている。
頭は鬱陶しいほど熱いのに、身体はゾクゾクと寒気がする。
やっちゃった……。
「もうすぐ練習始まるのに……」
「食欲は?」
「……いらない」
ついトゲのある言い方をしてしまった。
私、本当に性格悪い。
……頭が痛い……。
何も考えたく、ない……。
「今日救急病院くらいしかやってるトコなくて。みわ、これから行こう」
「ううん、これならすぐ治るから……。薬飲んで寝てれば平気……」
「みわ……」
頬に触れてくれた手は涼太にしては珍しく、冷たい。
冷たく感じるのは、私に熱があるからというだけではなさそう。
試合の前のように、緊張をしている時の手だ。
本人は気付いていないのかもしれないけど。
やっぱり、昨日何かあったんだ。
何が……何があったって、涼太は私を裏切るようなひとじゃない。
それが分かってるから、大丈夫。
今日は、私の方が手が温かいね。
手からも少し、甘い香りがする。
両手で涼太の手を包んで、頬にすり寄せた。
私の香りになってしまえばいいのに。
「みわ、今は話せない……ごめん」
"今は"
それは、タイミングが来たらちゃんと教えてくれるということ。
ひた隠しにするつもりはないということ。
「……うん、わかった」
「怒ってないんスか」
不安げな顔をして覗き込む涼太。
オレの事なんてどうでもいいんスか?
とでも言いたげ。
手を伸ばして髪の毛をわしゃわしゃと弄った。
Sariさんの甘い香りに混じって、シャンプーの香りがする。
いつものシャンプーではない香り。
ホテルでお風呂に入ってきたのかな。
「ふふ、柔らかい髪、気持ちいい」
出来るだけおちゃらけて聞こえるように。
つとめて明るく。
「……」
涼太は珍しく言葉に詰まって、俯いていた。