第54章 記憶
あの日以来、誰の誘いも受けなくなった。
その内にさりあも友人達も誘っては来なくなり、安心した。
じきに雑誌でのさりあとの連載も終了し、ただ心に残った嫌な気分だけを振り払うように、同級生に目を向けた。
なんとなく彼女を作って、なんとなく恋愛をしようかという、そんな気まぐれな思いからだった。
女性には困らなかったから、その時ちょうど告白してきた女子と付き合う事にした。
彼女は学年の中でもかなりの美人で、羨ましがる男は多かった。
少なからず優越感があったが、彼女自身に特に興味があったわけではない。
でもきっと、付き合っているうちにこれが恋に発展するんだろうと根拠もなく思っていた。
ふんわりとウェーブがかかった茶髪に主張の強いムスクの香りとつけまつげ。
彼女はふたりで歩く時、決まって腕を組んだり手を繋いできたりした。
密着しているのが、マーキングされているようでなんだか嫌で、いつもそれとなく距離を置いていた。
自分はパーソナルスペースが広い人間なんだなと自分自身を納得させ、彼女にもそう説明し、不用意に近付かれないように釘を刺した。
それでも性欲というものは健在で、ある日、親が不在だというので彼女の部屋に誘われると、迷いなく上がった。
姉ちゃん達とは違う女の子の部屋。
まず抱いた感想が『臭い』。
香水の香りがぷんぷんする。
色々な臭いが混じっている。
こんなところでよく生活できるな。
腰掛けると、すぐに彼女が密着して座り、グロスでベタベタの唇を押し付けてきた。
糸を引くグロスが粘液のようで、男のオレが犯されているような不快感を抱いた。
「好きだよ、涼太くん。今日……親、帰ってこないんだ」
そう言われたが、オレのココロは全く動かなかった。
好き? 好きってなんだ?
オレはアンタの事、どうも思ってないのに。
香水、シャンプー、ボディソープ、グロス。
色々な香りが混ざって、気持ちが悪い。
すぐに彼女と距離をとって座り直す。
結局何もせずに帰り、その子とは翌日別れた。
その時、ハッキリ分かった。
オレは、女とセックスしたいと思えないし、恋をする事もできない。
しかし、彼女がいたらそのうち恋が出来るものと勘違いしてしまっていたから、その頃のオレは付き合っては別れてを繰り返した。