第53章 初詣
「おばあちゃん、私、元の生活に戻ろうと思うんだ。今までずっとここに泊めてくれてありがとう」
「……そうかい。じゃあ、今日荷物を持って行くといいよ。ばあちゃんとこにはまた遊びに来てくれればいいから」
「ごめんね、おばあちゃん」
「黄瀬さん、面倒臭い子だけどこれからもよろしくね」
「面倒臭いなんてことないっス。大切なお孫さん、お預かりします」
頭の片隅には、先程の話が引っかかっていた。
以前も?
以前も同じような事があったというのか?
でも、それにしてはみわからはそんな話は聞いていない。
忘れている事すら忘れてしまった過去があるということだろうか?
ますます分からない。
「涼太、荷物をまとめるの手伝って貰えるかな」
「うん、いいっスよ」
「おばあちゃん、ちょっと部屋に行くね」
「はいはいごゆっくり。終わったらご飯にしましょうかね」
「うん!」
昔ながらのアニメに出てきそうな縁側のある廊下を抜け、障子を開けるとそこは8畳程の和室だった。
「ここね、おばあちゃんの部屋。私、ここで一緒に寝てたんだ」
部屋には木製の机、鏡台や背の低い箪笥など和室らしい家具が揃えてあった。
なんとなく入口横にある木製のゴミ箱に目をやると、錠剤のPTP包装が捨てられているのが目に入り、思わず手に取った。
服用した事はないが、有名な睡眠薬の名前だ。
短時間作用するものだったはずだから、入眠出来ずに苦しんでいたのだろうか。
「……みわ、これ飲まないと眠れないの?」
しまったという顔でバッと振り向いたみわが、慌てて表情を戻した。
「……あー……そんなに毎日じゃないよ。たまに、飲んでた、かな」
「病院で処方して貰ったんスか?」
薬局で買える物ではない。
しかし、お祖母さんの話では、心療内科の受診は拒み続けていると言っていたはずだけど……。
「……お家にあったの。前に貰ったのかな」
「……覚えてないんスか?」
「結構前の事だし……。あ、ごめんね涼太、そこに積んである本、ここに入れて貰える?」
「ああ、うん……」
睡眠薬に頼らなければならないほどだったのか。
過去に戻れないのはどうしようもない事だけれども、その小さな背中がより一層細く、小さく見えた。