第50章 ウィンターカップ、その後
「ごめんなさい……本当に怖くないからもう1回、もう1回」
微かに震える手に気付いてないとでも思う?
みわはなぜそんなに必死なのか。
「……なんでそんなに無理しようとするんスか? 大丈夫、みわが怖いのちゃんと分かってるっスよ」
「黄瀬くんは怖くないもん……黄瀬くんは痛いことしない。殴ったり、血が出るほどしたりしない。私だってちゃんと分かってるもん……」
まるで子どもが言い訳をするように、果たしてこれは自分に言い聞かせてるのか、ぽつりぽつりと漏らした。
「……身体が拒否してるんだから、無理すると、良くないっスよ。オレ、ほんとに気にしてないから大丈夫」
オレだってオレなりに、みわのような被害者のケアについて調べたりもしている。
結局何が正解かは分からないけど、以前のみわとは、ゆっくり……それなりにゆっくり歩んでいけていたと思う。
「焦らないでよ、みわ」
今のみわは明らかにヘンだ。
この行動には、何か言えない気持ちが裏に隠されているのか?
「……すき」
……え?
今、なんて?
「き、黄瀬くんのこと、すき」
「……記憶が、戻ったん……スか?」
「……ううん、戻ってない……でも、すきだよ。過去は思い出せない、でも今の私の気持ち。
……すき」
その言葉に、脳震盪を起こしたように目の前がぐらりと揺れた。
今のみわが、オレの事を、好きになって、くれた?
今まで、半ば無理矢理と言ってもいいほどオレの側に置いていた、みわが?
何が起きたかわからない。
死ぬほど欲しかった言葉のはずなのに。
「……ごめん、ちょっとオレ、トイレに、行くっス、わ」
処理しきれない。
混乱して逃げ出そうとするオレの背中にみわが抱きついてきた。
「行かないで……!」
だって、諦めてたんスよ?
また、みわの男性恐怖症と最初から向き合って治していこうって
そうしたらきっとまたいつかオレの事を想ってくれるかもしれないって
『付き合ってた』っていう過去がなければ、今のみわはオレの隣に居てくれるわけないんだって
記憶を戻そうとしているからオレの隣に居てくれてるんだって
諦めてた。