第47章 距離
「ご馳走様でした!」
「いってきます!」
口々にそう言い、家を出た。
「あー朝メシ美味かったっス!」
「朝ご飯、ちゃんと食べてないの?」
少し、頬がこけている気もする。
「ひとりだと、なかなかね」
そう言って笑ったけれど、表情は寂しそうだった。
久々の電車通学。
朝練の時間よりもだいぶ遅いからか、ホームには多くの人が電車を待っていた。
「……あ」
電光掲示板に表示されている発車時間が、かなり前のものになっている。
「電車、遅れてるんスね。混みそう」
思わず、指先に力が入る。
慣れなければ。
こんなこと、日常茶飯事だ。
ホームに電車が入ってきた。
中には既にギュウギュウにひとが乗っている。
ああ、もっと早く家を出れば。
1本見送った方がいいのだろうか?
2駅だし我慢して乗るべき?
そんな事を考えていると、大きな手に引かれる。
「乗るっスよ」
「あ、え」
既にギュウギュウに人が詰まった車内。
見ているだけで目が回りそうになる。
「4月に戻ったみたいっスね」
黄瀬くんは優しくそう言うと、あの時と同じように先にドアの端に乗車し、手を伸ばしてくれる。
「……うん……」
躊躇わずに、その手を取った。
あの時と違うのは、車内の混雑具合。
今日は、全く余裕がない。
黄瀬くんに抱きしめられている形で固定されてしまっている。
「みわ、大丈夫? 気分、悪くない?」
私は小さく頷いた。
いつもは気分の悪くなる車内の香りも感じない。
胸元から香る黄瀬くんの香りにふんわりと包まれている。
意識せず、黄瀬くんの背中に腕を回していた。
一昨日からふたりの距離が近すぎて、何が適正距離なのかが全く分からなくなってしまっているのかもしれない。
離れたくない。
これだけの車内でも、背中にひとが当たらないようにしてくれている。
こんな混雑に押されたら、どれだけ傷が痛むか知れない。
傷口が開くのを想像してゾッとした。
あ、こういうことも気をつけなきゃいけないのかと、今更ながら当事者の自分が気付いたくらいなのに。
『急停車します』
車内のアナウンスに続いて、急ブレーキがかかった。
「わっ」
ふたりの身体が更に密着する。
前方車両との間隔をどうこうしているアナウンスが流れるが、心臓がうるさすぎて聞こえない。