第47章 距離
「黄瀬くんだって、記憶のない私とじゃ……嫌、でしょう?」
絶対、記憶がなくなる前の私と重ねているはず。
「みわこそ、いきなりオレが彼氏とか言われて、嫌じゃないんスか?」
……え……?
そう言えば、最初に聞いた時、戸惑いはしたけど……。
「誤解を招きたくないからハッキリ言うけど、オレはみわと今まで通り一緒にいたいし、なんでもしたいっスよ。
記憶があろうがなかろうが、みわには変わりないっスから」
私には……変わりない?
「そりゃ、なんの記憶もなくなっちゃった、ってのに……思う所はあるっスけど、それは本当」
……。
なんか、混乱して完全に色々見失ってた……。
私が私でなくなってしまったように思ってた。
でも、違うんだ。
私は、私なんだ。
「ありがとう……。私、焦ってた」
また、頭を撫でてくれる。
これ、好きだ。
「眠れそう?」
「……がんばる」
「頑張らなくていいんスよ。寝よう寝ようとすると寝れないっスから。寝れなかったら、メールでも電話でもして」
優しい。
こんなに優しくされたことないから、どうしたらいいか分かんない。
「……ありがとう」
「みわ、おやすみのキスしていい?」
「……」
「だめ?」
「…………いい、よ」
「嫌なら無理しないで欲しいんスけど」
「……淫乱だって思わない?」
「へ」
「……お、覚えてない、くせに……そういうの、するとか……変態って……」
黄瀬くんが肩を思いっきり震わせてる。
すんごい笑ってる!
「わ、笑いごとじゃないんですけどっ!」
「ゴメンゴメン。可愛すぎてつい」
「……うう……」
「みわ」
「あ」
チュッ、と軽く啄むように少し冷えた唇が重なった。
それでも、私よりも温かい。
「遅くまでごめんね。おやすみ」
「き、気をつけてね……! おやすみなさい!!」
軽やかに走り去っていく彼の背を見送って、庭へ戻る。
おばあちゃんは起きていないようだ。
そろりそろりと布団へ戻った。
布団に入っても、やはり暫くは寝付けない。
胸がドキドキして、落ち着かない。
でも、纏わり付いていた恐怖は薄れ、そのドキドキは非常に心地よいもので。
しばらくすると、嘘みたいにゆるやかに眠りへ吸い込まれていった。