第47章 距離
「オレの前では素直なみわでいてよ」
頭の上から降ってくる言葉が甘くて、甘くて、優しくて、胸の詰まりがほどけて溶けそうだ。
そう言った後は、何も言わずに
ただただ抱きしめてくれていた。
「ごめんね黄瀬くん……忙しいのにわざわざ」
「こんな時にそんなコト言わないでよ」
「……黄瀬くん、補習になったらどうしよう」
黄瀬くんの笑い声と一緒に、大きな胸が揺れた。
「大丈夫っスよ、ちゃんと勉強もしてるし。みわにも散々教えて貰ったから今回は自信アリ」
黄瀬くんに勉強を教えたというのは朧げに記憶がある。
前回のテストの時は補習を免れて先輩方と喜んだり。
「ふふっ、教え甲斐のある生徒なんだね」
ただ、いつどこで誰とどうやって勉強した、というのは思い出せないけれど……。
この穴のある記憶が気持ち悪い。
痛む頭にイライラする。
「みわこそ、テスト大丈夫なんスか」
「うん、忘れてないと思うから大丈夫」
一度覚えたら忘れないのが特技だったのに。
黄瀬くんとのことだけ、こんなにぽっかり記憶がなくなるなんて、酷すぎる。
「流石。言ってみたいっスね、そのセリフ」
「その代わりスポーツはてんでダメだもん。足遅いし」
「でも、いざって時はピューッて動けるんだって、言ってたっスよ?」
「……なあに、それ……我ながら頭悪そうな発言……」
「……もう、絶対あんな無理しないで。みわは覚えてないみたいだけど、自分を犠牲にするようなこと、絶対しないで欲しいんス」
身体に回された腕に力が入る。
すこしだけ、苦しい。
「う、うん……」
「……ごめん、力入れすぎた」
「黄瀬くん……私、記憶戻したい。絶対に、戻したいの。そのためならなんでもするから、何か気づいたらすぐに言って」
「うん、リョーカイっス。でも……みわ、記憶戻ってないのに、無理して……してくれること、ないっスからね」
「何を?」
「キス、とかさ」
途端に頬が赤くなるのが分かる。
「やっぱり……記憶がないのにするのは、変、だよね」
だって、嫌じゃなかったんだ。
唇を重ねた瞬間、こころの奥で何かが動いた。
私はキスをした記憶なんてなかったのに、身体は……覚えていたみたいに。
「私……早く元の私に戻りたい」