第47章 距離
『ごめん、突然言われても困るっスよね』
耳に馴染む声。
絵の具がすっと水に溶けていくみたいに。
『傷はどう?』
落ち着く。
さっきまでざわついていたこころが、すっと楽になるみたいに。
……助けて。
私の中の私が、こころの中で勝手に呟いた。
『みわ?』
「あっ、ごめんなさい! 何?」
いけない、電話で無言って、一番やっちゃダメなのに何やってんの私!
『大丈夫?』
……あ……
今その言葉は…やめて……
「大丈夫、元気いっぱいです! まったく、問題なしです!」
精いっぱいの強がり。
『ふふ、問題なしっスか。ならいいんスけど』
でも。
『そうは聞こえないから聞いてるんスよ』
「……!」
ぶわっと涙が込み上げてくる。
泣いちゃだめ。気付かれる。
弱い気持ちを振り切るように庭を抜けて玄関まで走った。
痛む背中なんか構っていられない。
走って、振り切れ。
だめ。涙、止めろ。止めろ。
なんで流れてくるの。
止まれ。止まれ。
『……みわ、泣いてる?』
「……泣いて……ないよ。大丈夫だってば!」
「うそつき」
……え?
今、声……携帯からじゃ……
「泣いてるじゃないスか」
玄関前から、声がする。
優しく響く、こえ。
……そこには、黄瀬くんが立っていた。
「……え……どうして……?」
「少し、心配で。ロードワークの、ついでっスけど」
嘘だ。
ついでっていう距離じゃないでしょ?
「……」
だめじゃない、こんなの。
明後日からテストなんだから。
補習になったら、大変だよ。
「みわ、走っちゃダメっスよ。傷、痛むでしょ」
「…………」
言葉が、出ない。
なんて言ったら、何を言えば、分かってもらえる?
「あの、あのわたし」
顔を上げると、黄瀬くんの香りに包まれた。
「いいっスよ、無理に話さなくて。……こうしてて、怖くない?」
冷たい風も当たらない。
温かい、本当に温かい胸。
「あ、あ……」
「泣いていいよ」
「……ぁ……ああ……!」
恥ずかしげもなく、泣いた。
おばあちゃんには、落ち着いたよ、もう大丈夫としか言えなかった。
これ以上心配かけたくない。
迷惑かけたくない。
私が強くならなきゃいけないんだ。
私が弱いからいけないんだ。