第46章 自宅
正直、頭の中は完全に混乱している。
さっきまでは本当に、黄瀬くんとも……アイツと、同じ事をしていたと思っていたし、触れられた時は殴られる恐怖に怯えた。
それしか知らなかったから。
自分で脱がないと蹴飛ばされた。
すぐに咥えないと腹を殴られた。
精液を飲まないと顔を殴られた。
自分で挿入を促さないと執拗に踏まれた。
気に入らない事があると裸で土下座させられた。
私の知っている"セックス"は、いつも暴力と恥辱とともにあった。
身体や心だけじゃない。
女性の尊厳までを犯すこんな行為を、他に知らない。
その単語を聞くだけで戦慄する。
身体が、恐怖を覚えている。
男という化け物に、いつでも、狙われている。
そんな風に生きてきたのに。
記憶をなくす前の私は、黄瀬くんと恋人になって、肉体関係まであったという。
恋なんて、した事がないからどういうものか分からない。
信じられない、けど……でも、黄瀬くんの腕に……あの声に包まれると安心する。
まるで、赤ちゃんがお母さんの胎内にいる時、とか例えたら近いんだろうか。
初めてしたキスは……小説やドラマなどでしか見た事のないキスは……熱くて、気持ち良くて。
人生で初めて、快感というものを感じた。
守られてる。
想われてる。
根拠は何もないけれど、そんな気持ちになった。
彼に抱きしめられて少し落ち着いて……そうしたら急に眠気がやってきた。
アイツに、犯されてる時は、どんなに疲れていても眠くなるということは、絶対になかった。
もし眠りでもしたら、何をされるか分からない。
そんな恐怖の中にいた。
でも、黄瀬くんは違う。
むしろ、身体が……甘えろと、この胸の中で温もりを感じろと言っているみたいに。
でも、この感覚にも根拠は何もない。
さっき、ふと記憶が戻ったのも、やはり心当たりは何もない。
手がかりになるもの、逃したくない。
幸せだった私に、戻りたい。
気が付けば私は、縋るように、黄瀬くんにお願いしていた。
「キス……するの、嫌……? お、おねがい……」
ただ単に、さっきの快感が欲しいだけかもしれない。
何も考えずに、快楽に溺れていたい。
それも、ウソじゃない。
このひとと……一緒にいたい。
不安で……押しつぶされそうだから。