第46章 自宅
映画で見るキスシーンでは、確か目は閉じていたはず。
分からないけど、私もそうした。
唇に、柔らかいものが触れる。
少し驚いて目を開けると、睫毛がぶつかる程の距離に黄瀬くんの顔があった。
男の人の唇って、こんなに柔らかいんだ。
でも、この感触……やっぱり初めてではない、そんな気がする。
とても安心するぬくもり。
ちゅっと軽く唇が触れて、すぐに離されても目に宿った欲情の色は変わることなく、彼の中に燻っている。
「……満足?」
足元からムズムズと何かが這い上がってくる。
身体が勝手に求めている。
足りない。
「……もっと……」
自分でも分かるくらい震えながら、彼の首に手を回した。
「何言ってんスか、怖いくせに……」
再び唇が触れたが、すぐに湿った温かいものが上唇、下唇を順に丁寧になぞっていく。
「……口、開けて?」
ビックリするほど甘いその声に耳の奥が疼く。
恐る恐る口を開くと、唇に触れていた温かいものが入ってくるのが分かる。
それが舌だと気付いたのは、少ししてからだった。
「ん……っ」
彼の舌が口内を優しく這い、上顎を擦ると声が勝手に出てしまう。
歯列を確かめるようになぞられ、熱い舌が絡むと、ぴちゃりという音がして、無性に恥ずかしくなる。
考えていられるのは、ここまでだった。
彼の手が私の後頭部に添えられ、舌の動きが更に激しくなると頭が真っ白。
身体に合わせて震える椅子がカタカタと鳴り、淫らな水音までもが脳に浸透していくようで、身体がジンジンして力が入らない。
途中から、彼に全て委ねてしまっていた。
「……はぁ……っ、は……っ」
「大丈夫? 息止めちゃってた?」
唇が離れてふたりの間を銀糸が繋ぐ。
彼に問いかけられて初めて、自分が息を止めていた事が分かる。
そのまま息の根が止まっていても気が付かなかったかもしれない。
「……好きだよ、みわ」
そう囁いた声が温かくて、甘く優しくて、なんだかとてもくすぐったくて、涙が出た。
「……みわ?」
「諦め、ないで……私、頑張るから……お願い……」
口が意志を持っているかのように、勝手に話し出す。
でも、今の気持ちとの乖離はなかった。
優しく抱きしめられ、再び唇が重なる。
身体はもう震えていない。