第46章 自宅
「……別れる、っていうこと?」
「みわがそうしたいなら、それでいいっスよ」
……なに、なんで?
「無理に思い出そうとして頭痛がしたりっていい事ないでしょ。身体、大事にして欲しいんス」
「……黄瀬くんは、それでいいの?」
あんなに、優しくしてくれる黄瀬くん。
「いいんス、オレは」
目は伏せてしまっていて、合わない。
長い睫毛がまばたきとともに動くだけ。
「……忘れちゃった私の事、怒ってる?」
もう、嫌になってしまった?
「そーゆーんじゃないから。この話、もう終わりにしよ」
「……終わってないよ。全然終わってない。私、これじゃ納得できない、し」
温度の低い返事に怯んでしまいそうになるが、これが彼の本意ではない気がする。
そして、いま手を離したら二度と戻れない、何故かそんな予感がした。
「じゃあ、今まで通りできるんスか? オレに触れる事すらできない状態で?」
「……それは……」
「オレたち、一緒に暮らしてたんスよ」
……え?
「いま、なんて……?」
「……オレたち、この家で一緒に朝起きて、学校行って、帰ってきたら一緒に飯食って勉強して風呂入って、一緒に寝てたんスよ」
どういう、こと?
「だからね、元通りになろうっつーのが、そもそも無理なんスよ」
投げやりにそう言って、拳を握った。
どうしたら、どうしたらいいの。
「あっ、あの! ……キス、しよう」
無意識に出た言葉だった。
「はぁ!? 何言ってんスか!?」
「わっ、私だってどうしたらいいのかっ、わからないんだもん……!」
「分かんねーのに誘うなよ!」
彼も戸惑っているのが分かる。
当然だよね、突然こんな……。
でも。
「わからないけど、嫌なの、このままなのは、嫌。黄瀬くん、いつも通りに、して……!」
黄瀬くんが顔を上げて、目が合う。
その目は……興奮?
病室で覗き込まれた時の瞳とは明らかに含んでいる成分が異なる。
綺麗。
キラキラと、宝石みたいな瞳。
見つめられたら、離せなくなる。
彼はカタンと音を立てて席を立ち、私の隣に立った。
心臓が、バクバクする。
キスなんて、したことない。
彼の掌が私の頬に触れると、また少し身体がビクついてしまった。
「……アンタがしろって、言ったんスよ……」
ゆるり、ふたりの影が重なった。