第45章 欠落
病室に戻っても、黄瀬くんの顔は見れない。
夢であんな事して、凄く失礼だ。
「みわ、大丈夫だった? 寝て起きたら必ず吐いちゃうって聞いてたっスから」
彼は知らない。
私の悪夢の理由。
そう。最近は夜も、昼寝ですら犯される夢を見て魘されていた。
でも、さっきのは違う。
さっきのは、一体なに?
あんな肌の合わせ方、知らない。
「あ、今は……吐いてないよ、大丈夫」
「そっスか、なら良かった」
心配そうな顔。
私はこのひととどういう時間を過ごしてたんだろう。
「……ねえ、黄瀬くん」
「なんスか?」
「……私たち、どこまでいってたの?」
ずっと、気になっていたこと。
"付き合う"って、一体どんな事を……?
「え?」
「……手、とか、繋いだ?」
男性と手を繋いで歩く事なんて全く想像出来ないけど、していたのだろうか。
「……繋いだっスよ」
「うそ!」
驚いて思わず声を上げると、黄瀬くんが寂しそうに微笑んだ。
「ご、ごめんなさい……」
「ううん、気にしてないっス」
「……キス、とか、した?」
勢いで、何を聞いてしまってるんだろう。
だって、そんなこと、あるわけないから……。
「どうかな。試してみるっスか?」
一拍置いて、黄瀬くんが顔を近づけてくる。
良い香りが私を包んだ。
……ドキリと心臓が大きな音を立てる。
「や、やっ……!」
思わず、力いっぱい突き飛ばしてしまった。
「ご、ごめん、多分してないよね、なんとなく今分かった。そういうのは、してないよ。うん、私たち、そんな関係じゃないしそんな関係になるわけないよね!」
そうだ。
そんな関係になるはずないじゃない。
何を勘違いしてしまったんだろう。
先ほど見た夢と相まってのいやらしい想像を振り払うように、早口でまくし立てた。
明るく言うように努めていた。
彼を傷つけないようにと。
「そんな……関係じゃない、なるわけない、っスか……」
一瞬、黄瀬くんが泣いているように……見えた。
「あ、黄瀬くん、私……」
「長居してごめん。今日は帰るっスね」
「あ……」
一瞬見えたのは、酷く傷付いた表情。
黄瀬くんは逃げるように帰ってしまった。