第44章 急転
笠松が監督との通話を終え手術室まで戻っても、手術中のランプはまだついたままだった。
黄瀬の事が心配で駆け足で戻って来たが、みわの祖母と泣きながら何かを話しているのが目に入って、ここは自分の出る幕ではないかと足を止める。
監督達は、警察の対応でしばらく学校を離れられないらしい。
笠松も、まだ何が起きたのか飲み込めずにいた。
神崎が、黄瀬を守ったのだ。
神崎が命を懸けて守った黄瀬をここで壊すわけにはいかない。
きっと神崎は戻ってくる。
それまでに、黄瀬を支えてやれるのは自分達しかいない、と笠松は考えた。
早くも次のやるべき事を冷静に見つけられたのは、みわが笠松の恋人ではなかったからだろう。
勿論 大事な後輩だ、心配なのには変わらない。
それでも、彼女の強さを信じていた。
対して黄瀬は、みわを喪いかけている喪失感と様々な後悔に押し潰されそうになっていた。
まとまらないまま口から零れ落ちる弱音の数々を、みわの祖母が優しく受け止める。
受け止める人がいなかったら、既に黄瀬は正気を保てていなかったかもしれない。
それほどまでに、天才は孤独だった。
そうして何時間経ったか、身体と精神が衰弱しきった頃、手術中のランプが消えた。
中から医師が出てくると、それに続いてみわを乗せたストレッチャーを押す看護師たちが出てくる。
数時間振りのみわの姿に、黄瀬は縋り付くようにストレッチャーに駆け寄った。
生死がわからない程白く染まった顔。
目は開かない。
生きているのか。みわ。みわ。
声にならない声。
医師が、みわの祖母を別室へと案内する。
祖母は、黄瀬も同席して欲しいと声を掛けた。
医師は、淡々と説明した。
女性の力によるもので刺し傷が浅かった為、即死に至るような臓器の酷い損傷はなく、手遅れにならずに済んだ。
また幸運にも太い血管も無事だったため、失血死は免れたと。
しかしそれでも完治までには数ヶ月かかる大怪我で、感染症に注意し今後の経過をよく観察しつつ、治療にあたるということだった。
医師の口から出される『死』という単語が恐ろしすぎて、黄瀬の肌はずっと恐怖で粟立っていた。