第44章 急転
祖母宅での新生活だが、心機一転というわけにはいかなかった。
みわは外出もままならず、暫く学校に行く事も出来なかったのだ。
眠れば悪夢でうなされ、嘔吐した。
外に出ても他人に怯え、スーパーやコンビニでの買い物すら、かなりの時間がかかっていた。
このままでは精神がおかしくなってしまうと、カウンセリングを受けるかどうかみわに相談してみたこともある。
しかし、みわの意見はいつも同じ。
祖母は諦め、早くあの事件がみわの中から消えゆくのを、時間が解決してくれるのを待つ事にした。
みわの根深い傷は、簡単にどうにかなるものではないと分かってはいたのだが。
いつか素敵な人に出会い、女性としての幸せを手に入れて欲しいと願わずにはいられなかった。
黄瀬は、どこか現実味のない気持ちでその言葉に耳を傾けていた。
『涼太!』
あの、笑顔が見たい。
どうしてみわばかりがこんな目に。
その気持ちが拭いきれず、しかしこうなったのは自分のせいというのが明らかであったため、気持ちのやりどころが見つからない。
過去は長い間母親の恋人に犯され、実家を離れた後も男性不信になり、人間不信に陥っていた。
それが、黄瀬と出会ってからは笑うようになり、バスケ部の一員として生き生きとする姿が見れるようになって。
様々な恐怖や記憶を乗り越えて黄瀬と身体を合わせる事ができるようになったのも、最近の事である。
最近はしすぎかと思う事が多かったが、こんな事ならもっともっと抱けば良かったと黄瀬は後悔していた。
彼女の柔らかく温かい感触が、もう思い出せない。
先ほど触れた驚くほどの手の冷たさに塗り替えられてしまっていた。
「……みわが、みわがいないと、オレは」
「大丈夫。みわは強い子だから。お祖父さんにも、もしみわが来たら追い返すように、お願いしておいたわ」
既に亡くなっているらしい夫の事を思い浮かべながらその言葉を放った祖母は、深い、菩薩のような微笑みであった。
黄瀬は、短い人生の中で身近な誰かを喪った事がまだない。
あまりにも突然の出来事に、現実を受け止められないままだった。