第44章 急転
「私とあなたを会わせたいって、でも大事な試合があるからそれが終わったらって言ってたわ」
黄瀬は、祖母に言葉を返す事が出来ない。
こうなった事で改めて……みわの存在の大きさに気付かされていた。
足元にポッカリと大きな穴が開いて、今にも落ちてしまいそうだ。
その穴に落ちたら、もう何もない。
何もない事が分かっているからこそ、恐怖だった。
「……あなた、みわが実家を出た理由は知っているのよね?」
みわから事情も聞き、黄瀬自身も一部は映像を通して見ている。
母親の恋人から受けた仕打ちを。
「……はい」
「……過去を受け止めて、生きていけるようになったのは、あなたのおかげなのよ。私の元に来た時のあの子は……酷いものだった」
老女は、経験上今どう足掻いてもすぐに手術が終わるわけではない事が分かっていたし、目の前で壊れかけている大切な孫娘の恋人を放ってはおけず、みわについて語る事に決めた。
今のタイミングで話すべきではないのかもしれない。
しかし、そういう意味では一見冷静な祖母も、正常な判断はできていなかったのかもしれない。
何かを話していないと、不安に押し潰されそうだった。
そして、恋人である黄瀬に知っていて欲しかった。
大事なみわの苦しみを。
勿論祖母は、黄瀬が陵辱の最中の映像を目にしているなんて思いもしない。
知っていたら、もう少し具体的な表現は控えていたかもしれなかったけれども。
みわが祖母の家を訪ねて来た日。
今まで、遊びに来る時には必ず事前に連絡があったものだが、その日に限っては夕暮れ時に突然玄関のチャイムが鳴った。
雨が降っていた。あれは何月だっただろうか。
たかだか1年と少しのはずなのに、時期はハッキリしない。
若いみわは覚えているだろうか。
みわの表情は暗かった。
母親と喧嘩でもしたのかと思ったが、中学3年生になった孫娘の太腿には幾筋もの血の跡があった。
生理の血と勘違いした祖母は、すぐに生理用品を買って来るからお風呂に入っていなさいと告げたが、玄関で立ち尽くしたみわは動こうとしなかった。