第44章 急転
夜に見るリノリウムの床がこんなにも恐怖心を煽るものとは思わなかった。
病院搬送後、みわが手術室に入り、笠松と黄瀬が廊下で肩を並べて座っている。
笠松の手も、黄瀬の手も震えていた。
暫くすると、みわの祖母だという女性が現れた。
両親が現れないのがひどく不自然だったが、黄瀬は祖母が来た事について、特に疑問には思っていないようだ。
「みわ……みわは……!?」
着の身着のままといったなりで狼狽する老女に、黄瀬が答える。
「……今、手術室に」
いつもの黄瀬からは想像もできないような余裕のない受け答え。
その返事に、祖母は意外な返答を返した。
「……もしかしてあなた、黄瀬さん?」
そのやりとりに驚いて笠松が顔を上げると、笠松の携帯が着信を知らせた。
しまった。
電源を切るのを忘れていた。
慌てて電源を切ろうと画面を見ると、発信元に監督の名前が表示されていたため笠松はふたりに軽く会釈をしてから走り出し、通話可能な場所を探した。
手術室の前には黄瀬とみわの祖母のふたりきりになった。
「……どうしてこんなことに?」
優しく語りかけるような口調。
老齢の女性は、この状況に戸惑いつつも、年若い黄瀬よりもまだ若干余裕があった。
「……オレ、を庇って……刺され ました」
詳しい事情を聞かされないまま病院に向かい、交通事故かと想像していた祖母はその不穏な表現に、思わず眉を顰めた。
「……犯人は、捕まったの?」
「……仲間が、いてくれたので、捕まった、と思います」
黄瀬らしくない、作文を読み上げるような話し方。
そして、その内容は間違ってはいないのだが、事情を知らない人間にはいかんせん不親切だ。
祖母も、憔悴している黄瀬から話を聞くより冷静な第三者からの説明を待った方がどちらの負担も軽くなると判断し、他の話をする事にした。
「……いつも、みわをありがとう。時々、あの子から話を聞いているのよ」
ピクリと黄瀬の肩が反応した。
「……いえ、頼ってばかりいるのはオレの方です」
突如、黄瀬の頭の中に笑顔のみわが思い浮かぶ。
気付くといつも側に居てくれる、太陽のような存在。
彼の美しい瞳から涙が溢れ出した。