第44章 急転
次に混乱する頭で考えたのは黄瀬の安全確保だ。
先ほどの流れからして女が黄瀬を狙っていたのは明確だし、この犯行がひとりのものとは限らない。
とにかく、建物内かどこかに避難させる必要があると考えた。
「黄瀬……オイ黄瀬、お前ちょっと、隠れてろ!」
なんと言うのが適切かと言葉を選ぶ事も出来ずにそう告げたが、肝心の黄瀬はみわを抱きかかえたまま放心状態で、彼女の名前を呼び続けている。
耳には、黄瀬がみわを呼ぶ声と犯人の女がぶつぶつ呟く声が同時に響く異様な状況。
どうして、私はこんなに好きなのに。
どうして他の女と。
あなたを手に入れたい。
殺してでも。
あなたに抱かれたい。
あなたと結婚したい。
あなたの子どもが産みたい。
手が届かないなら
殺してやる。
夢に出てきそうなその呪術のような囁きに背筋に薄ら寒いものを感じながらも、ふたりに駆け寄る。
「黄瀬……神崎、どうだ」
医師でもない黄瀬が分かるわけがないのだが、笠松も混乱している。
黄瀬も、笠松の問いには答えられない。
みわの顔を見ると、意識がないのが分かる。
口元から一筋の血が流れているのは内臓を損傷しているせいか。
応急処置の方法など、全く思い付きもしない程狼狽していた。
「みわ……みわ」
壊れ物を扱うように黄瀬が彼女を撫でる。
しかし、彼女は目を開けない。
何も分からない。
どうしたら、どうしたらいいんだ。
その時、ピクリとみわの肩が動いた。
「…………みわ?」
黄瀬が彼女の顔を覗き込む。
「………………みわ」
甘く、とろけるような優しい声。
黄瀬は恋人にこんな風に囁きかけるのか。
そんな場違いな感想を抱いた。
その声に応えるかのようにみわは目を開ける。
開かれた目は黄瀬を見つめ、口は魚のようにパクパクと動いているが、声は届かない。
上を向いたからか、傷が悪化しているのか口元からさらにどろりと赤い血が流れた。
「りょうた、あぶない」
こんな状態の彼女はまだ、黄瀬を心配している。
人は、こんなにも自分を犠牲にできるのか。
「大丈夫、もう……大丈夫っス」
黄瀬が泣きながら彼女の手を握る。
みわが意識を取り戻した事で、黄瀬も放心状態から解放されたようだ。