第44章 急転
笠松が部誌を書き終え、急ぎ帰路につこうと走り出した時、少し前をみわが走っていた。
基本的に部活中以外にはおっとりしている彼女が急いで走っているのは珍しいなと思いつつも、彼女の向かう先に黄瀬が見え、納得した。
あのふたりはとても良い関係を築けているらしい。
黄瀬は多彩な才能故にどこか不安定なところがあるし、みわも同様に並外れた頭脳から、悩む事も多いのだろう。
そんなふたりが支え合っているこの状態は素晴らしいものだと思っていた。
自分も、いつかそういう相手に巡り会いたいなとぼんやりと考える。
彼は女性が苦手な訳だが。
今や当たり前になった、黄瀬とみわが並ぶ姿。
そのどちらかがいなくなる事など、予想だにしていなかった。
前を走っていたみわが大声で『涼太』と叫んだ。
みわが学校で黄瀬の名前を呼ぶのを聞くのは初めてだ。
ふたりきりの時にはそうしているのだろうか。
思えば、以前引越し祝いとしてメンバーで黄瀬宅にお邪魔した際にも、ふたりの空気はとても甘く、ドラマなどで目にする恋人同士のそれであった。
それに、先日電話をした際にもみわが咄嗟に名前で呼んでいた事を思い出す。
きっと、ふたりの間には自分達の知らない空間がまだまだあるのだと思う。
しかし、そんな温かい気持ちを打ち崩すかのような光景が目に入ってきた。
突然みわが黄瀬に駆け寄り突き飛ばすと、背後から奇声をあげて走ってくる女と激しく衝突した。
みわはその衝撃で倒れ、周りの部員達が騒ぎ出す。
時間にしたらほんの十数秒の出来事に驚き、何事かと急ぎ近寄ってみると、みわの背中には刃物が刺さっていた。
一瞬で場はパニックと化す。
彼は慌てふためく部員達の中でも、より信頼をしている人間に咄嗟に声をかけた。
「森山、救急車!!」
そして、その場に蹲り訳のわからない事をぶつぶつ呟き続ける女の確保を、小堀とその周りのガタイのいい連中に頼んだ。
ここまでは彼のキャプテンシーを発揮しての流れとなったが、彼はまだ高校生だ。
このような事態にどう対処すればよいかなど分かるわけがない。
部員のひとりに声をかけ、110番と大至急監督を呼んでくるように伝えた。