第7章 キス
「あれ……オレ……」
黄瀬くんが、泣いている。
「ど、どうしたの黄瀬くん……」
「分からないっス……すげえ頭にきて」
このひとは、なんて優しいひとなんだろう。
他人のために、泣けるひと。
こんなひとに、迷惑をかけてはいけない。
「ありがとう。その気持ちだけで凄く嬉しい。だから、もう、付き合うっていうのは、やめにしない?」
「いや、それは納得できないっスわ」
強い口調で、即答された。
「え、どうして……」
「オレは、今の話聞いたってみわっちが汚れてるなんてこれっぽっちも思わない。もう、オレの事見たくもないくらい嫌いになったって言ったら、考えるっスけど」
「嫌いとか……そういうんじゃなくて……」
むしろ、嫌いなのは自分だ。自分自身。
こんなに、汚い。
「キスしたくない理由がそれだけって言うなら、オレ……我慢しないスよ」
「ど、どういうこと?」
「怖いとか、嫌いとか、そういうのが理由なら、オレだって我慢できる。でも、そうじゃないならオレ、我慢できるほど大人じゃないっスよ。みわっちはオレとキスするの、嫌?」
「だから嫌とか……そういうわけじゃ……き、黄瀬くんはやっぱり、頑固ね……」
彼は何事も器用にこなすタイプだけど、信念は曲げない芯の強さがある。
そういうところが好きなんだけど、それにしたって、曲げないって気持ちがつ、つよすぎて、どうしたら……
「だってほら、いきなりってそ、そういうの目当てなのかなって、思っちゃったり、するじゃない? 軽くできるようなものじゃないし……」
酷いどもりようだ。
伝わってる……かな。
「……ごめん、そうっスよね。みわっちからしてみたら、いきなりっスよね。
でもオレは、ずっと独占したいと思ってた。ずっと、この唇が欲しいと、思ってた」
人差し指で、私の唇に触れる。
いつもよりも低く響く黄瀬くんの声とともに、背筋に感じ慣れない感覚が走った。
あの、耳を触られた時のような。
胸が、破裂しそうな。
「だから、オレとのこと、ちゃんと考えて欲しいんス」
「う、うん……わかった……」
見つめられると、このキレイな瞳から目が逸らせなくなる。
Noという単語が、呆気なくひっくり返る。
その真っ直ぐな言葉から、逃げられない。