第2章 痴漢
何が起きたのか、分からなかった。
他の乗客の男性が、痴漢男の手を取ってくれた……?
動けないままでいると、突然私の中で暴れ回っていた指が一気に引き抜かれ、爪が引っかかったのか、鈍い痛みが走る。
「っ……」
「大丈夫っスか!」
続いて聞こえて来たのは、先ほど、痴漢男に向けた声とは別人のような、優しい声だった。
彼に促され、次の駅で私たち3人は降りた。
そこは殆ど人が降りない駅で、電車が去ったホームには数人しかいない。
助けてくれたらしい彼に手を掴まれているのは、中年男性だった。
左手にはドライバー。
先ほど、ナイフと言って背中に当ててきたのはあのドライバーだったようだ。
「アンタ……いい加減にしろよ」
氷のように冷たい声、でも音量は抑えた声で痴漢に詰め寄る男性。
「な、なんだよ、勘違いするなよオマエ。ほらこの指見てみろ、ぐっしょりだろ? へへ、彼女も楽しんでたんだよ」
何を、言っているの?
そう言って痴漢男は、先程まで下着の中に入れてきた指を彼に見せる。
その指に、粘液のような透明な液体と、赤い血のようなものがついているのが見え、たまらなく恥ずかしくなった。
もう……いやだ……恥ずかしい……消えてしまいたい……!
瞬間、彼は痴漢男の腕をひねった。
「いてててててて! や、やめ……!」
「彼女に謝れ」
ギリ、と何かが軋む音。
ぎゃあとまた悲鳴を上げる痴漢。
「ひっ……す、すみませんもうしません申し訳ありませんでした!」
「……駅長室行くっスよ」
「……!」
私に向けられたその言葉に、息を呑む。
私、何をされたのかを詳しく話さなきゃいけないの?
嫌だ……もうあんな思いをするのは……嫌……
思わず後ずさりをしてしまう。
「あ、ありがとうございます。私なら、もう大丈夫です。もう、二度と……こんなことしないで下さい。お願いします」
「……申し訳ない。二度としません……」
うなだれた痴漢男。
どうして、あんな事するんだろう。
あんな事、言ったんだろう。
足早に去ろうとする痴漢男を、彼が語気を荒げて引き止めた。
「ちょ! おい待っ……」
私は、走り出そうとする彼のブレザーを強く引いた。