第2章 痴漢
「や、やめ……」
思い切って、声を振り絞って叫ぼうとした。
大きな声を出せば、誰かが気付いてくれるかもしれない。
叫ぼうとした途端、背中に尖っているものが当たる感触。
「!?」
ひとの手じゃ、ない。
硬くて、尖っているもの……頭の中で、鋭利な刃物が具現化される。
「これ、ナイフだよ……ねえ、刺されたい?」
低く、嫌らしく響く声が耳元で囁かれた。
臭く生温かい息が耳にかかる。
ナイフ。
情報が与えられる事によって、恐怖心が一層膨れ上がる。
一瞬で全身が硬直した。
足元から恐怖で支配されていくのがわかる。
私は、もはや何も抵抗できなくなっていた。
心臓がバクバクして、指先が冷えていく。
冷静な判断が出来ない。
降りたのと同じくらいのひとが乗車し、再び満員電車となってしまう。
男は、身動きが取れない私のスカートの前をめくり、遠慮もせずにショーツの中に手を入れてきた。
陰毛に触れる湿った手の感触が、気持ち悪い。
そのまま、止まることなく陰部へと向かっていく。
嘘、やだ、いやだ、怖い……!
閉じようとする太ももを強引に開き、男は自分の足を私の足の間に差し込んで来た。
男の足が邪魔をして、閉じられない。
抵抗虚しく、太いものが、私の中に入ってくる。
「う……っ」
痛い!
切られるような陰部の痛みに、思わず歯を食いしばる。
「へへ……好きなんだろ」
また、耳元でごく小さな声で囁かれて、その気色悪さに肌が粟立つ。
声が出ない。
恐怖で歯の根が合わない。
その時、一瞬だけ、ほんの一瞬だけだけれど、隣のサラリーマンがこちらを見た。
気付いてくれた……!?
お願いします、助けて……!
涙で前がよく見えない、でも必死に目で訴える。
なのに、そのひとはすぐに背を向けてしまった。
気付いて……貰えなかった……?
指は容赦なく私の中で暴れる。
耳元で荒くなってきた息が感じられる。
「ほら、濡れてきた。感じてんだろ」
下卑た囁きに、吐き気すら覚える。
いやだ……どうしよう、怖い、痛いよ、なんでこんな事をするの、いたい、こわい、やめて……!
どれも声にならない。
悔しい。
悔しい……!
「……何してるんスか」
そのとき。
痴漢男とは違う、澄んだ声。
怒りに満ちた声が、響いた。