第34章 対峙
「あっつ……」
「みわっち、のぼせちゃったっスか? はい、コレ」
手渡された冷たいスポーツドリンクを喉に流し込むと、火照った頭と身体が少し冷えた。
「はあ……いきかえった……ありがとう」
どうしても離れがたく、長い時間の抱擁を堪能していたら逆上せてしまったみたい。
ベッドサイドのテーブルに空のグラスを置き、身体を横たえると呼吸が楽になった。
「……黄瀬くん、さっきの続き、話そうか?」
「ん、そっスね」
目を合わせて話したくない話題だ。
枕に顔を埋めた。
「私ね、昔……自殺しようとしたの」
「……え」
「アイツから…毎日、好きなようにされて絶望しかなかった。耐えても、もう一生幸せになんかなれないって。こんな汚れた女、生きてる価値ないって。……夜の公園で、手首を切ったの」
「……」
黄瀬くんが、言葉を選んでるのが分かる。
いきなりこんなこと話されたら、返答に困るだろう。
「家はもう、怖くて。でも、ひとりで遠くに行くこともできなくて、近所の公園。笑っちゃうでしょ? 包丁で手首を切って、水道出しっ放しにしてね、そのまま死のうと思ってたんだ。迷惑な話だよね」
沈黙。
気を遣って相槌を打たれるより全然いい。
「……たまたま、さっきの刑事さんが通りかかって。すぐに止血されて。事情を聞かれても私、言えなかったんだ。
恥ずかしい事をされているって、分かってはいたから。でも私、その日アイツに犯されたまま外に出たから、下半身が血だらけで」
今でも思い出す。刑事さんの驚いた顔。
怒りの表情。
「……毎回ね、乱暴にされると、すごい量の血がでるの……必死にあれこれ繕ったけど、すぐにバレちゃった。
刑事さんは、うちまで来て母に言うって。でもね、必死で止めたんだ。お母さんを傷付けたくないからやめてって」
手に力が入る。
握り締めた手のひらに、爪が食い込んでいる。
「……刑事さんは何かあったらすぐ言えって、名刺と個人携帯の連絡先を教えてくれて」
心臓が、軋むみたいだ。
「……私、ウソついたんだ。お母さんのためじゃない、自分がこれ以上傷つきたくなかったから止めただけ。あんな惨めな目に遭ってる事、誰にも知られたくなかった」
「……そんなの、当たり前っスよ」
大きな手に包まれて、強く握り締めた拳が、黄瀬くんの手でほどかれていく。