第30章 疑心と安心と
黄瀬くんの腕の中は、怖くなかった。
肌が触れる直前までは、また拒否してしまうのではないか、繰り返す回想で息が詰まるのではないかと心配だったけど、大好きなひとの腕の中は、安心しかなかった。
視界が全部黄瀬くんで埋め尽くされて、見られているかもしれない恐怖が薄れる。
でも、頭の中にある映像だけはハッキリ、くっきりとしていて、私の精神を侵し続けていた。
息が少し、苦しくなる。
またあんな苦しい思いをしなきゃいけないの。
「はぁ……」
「息、苦しい?ゆっくり、深呼吸して。ん、そうそう。でもこれじゃ眠れそうにないっスね」
「あ、大丈夫……すぐ寝れると思うから、黄瀬くん先に寝てて」
多分このままでは永遠に眠気は来ないだろう。
でも、疲れている黄瀬くんまで巻き込みたくない。
「みわっち、ウソがヘタ」
思わず顔を上げると、ぶつかりそうなくらい近いところに顔が。
黄瀬くんは私の顎に手を添えると、優しく唇を重ねてきた。
「んっ……!?」
驚いて、思わず押し退けるように手で黄瀬くんの胸を押してしまった。
「イヤ?」
……嫌、なわけない。
「び、びっくりしただけ……」
「余計な事、考えないで……オレの事だけ考えて、そのまま寝ちゃえばいいっスよ」
再び重なる唇。
横で寝ていた黄瀬くんが私の上になる。
黄瀬くんの重みを全身で感じた。
気持ちいい。唇が。身体が。
「ん、あ……」
濃厚で官能的なキスじゃなく、優しく頭を撫でられるような、胸がほわんとなるキスだ。
うっすら目を開けると、頬を染めた黄瀬くんの顔が目に入ってきた。
気持ちいい。しあわせ。
柔らかい舌が、気持ちいいところを擦るとじわじわと襲い来る快感に目を閉じた。
いつもなら火がついて、眠気どころじゃなくなるんだけど……不思議と今日は余裕を持ってキスを味わえてる。
頭を撫でられているからか、とても安心する。
息をすると黄瀬くんの香りでいっぱいだ。
きもちいい……
気付くと、瞼が重くなってきている。
指先が動かない。もう、身体が先に睡眠状態に入ってしまっているかのようだ。
ああ……きもちいい……
体重が何十倍にもなって、シーツにずぶずぶと沈んでいくような感覚。
ゆっくり、ゆっくりと手を離すように意識が遠のいていった。