第83章 掌中の珠
「ふたりとも、なんかつまむ物作ろうか?」
「いえ、ボクは大丈夫です」
「オレも今はいいっスよ、みわもゆっくりしてて」
口寂しくなるかなと思って立ち上がろうとしたけれど、笑顔のふたりはやんわりと制止した。
「うん、お腹空いたら言ってね」
「ん、サンキュー」
「ありがとうございます」
「あー、そう言えば黒子っち、この間のさあ……」
黒子くんはお酒を飲んでないけど、なんとなく場の雰囲気がいつもより柔らかい気がする。
皆、大人になったってことかな。
大人ってどういうものか分かってないと思ったけれど、こういうことを言うのかな。
「みわー、入る?」
「あっ、うん」
三人で他愛無い世間話をしていると、あきがバスルームから戻って来た。
ふわんと香るのは、あきが愛用しているシャンプーの柑橘系の香り。
「おお、女のコの部屋に来たって感じの香りが増したっスわ」
「……黄瀬、あんた年々オヤジ臭くなんね」
「ちょ、あきサン! 言い方!」
皆で笑って、お喋りして。
楽しい時間だなぁ。
「みわも入っておいで〜」
「ありがとう、じゃあ私もお先に……」
「行ってらっしゃーい、ゆっくり入ってくるんスよ」
涼太はそう言ってくれたけど、お待たせするのも悪いしささっとシャワーだけ浴びてしまおう。
「……っ、と」
下着を脱いだ際に、思いがけずよろけてしまった。
お酒が足に来てる……という訳ではなさそう。
最近ずっと張り詰めていたから、引っ越しを終えてちょっと気が抜けてしまったんだろう。
シャワーだけで済ませてしまうつもりだったけれど、少しだけ湯船に浸かって身体をほぐした。
なんだかどこかにお泊まりに来たような感覚で……これからこのお風呂に毎日入ることになるんだけど、まだ実感がないというか。
あたたまった手のひらで、頬をそっと包み込んだ。