第82章 掌中の珠
「うん……ごめんね、そうさせて貰おうかな……。ちょっと、歯磨きしてくるね」
不眠で悩むみわに眠気が自然に訪れるのは貴重だ。それもこのメンバーだからこそだろう。
みわは少し足元がおぼつかない感じで、洗面所へと消えていった。
「……みわ、やっぱ疲れたんスかね」
「引越し準備でギリギリまでバタバタしてたしね」
普段のスケジュールに引越しまで入ったら、そりゃ寝る時間もなくなる筈。
きっと、これから大会等で忙しくなるというのも見越して早めに動いたんだろう。
まだまだ暑さが残る時期、ハードスケジュールで身体を壊さなくて良かった。
歯磨きで目が覚めてしまったんじゃないかと心配したが、戻ってきたみわは変わらずこしこしと目を擦っている。
「せっかく楽しい時間なのに、ごめんね」
「気にしないで下さい。お疲れ様でした」
「またいつでも集まれるから、気にしないで寝な〜」
「ありがとう。おやすみなさい」
「おやすみ〜」
ぽてぽてと歩き、部屋のドアノブを掴む前によろける。
「そんなフラフラで大丈夫っスか? ベッド出してあげるっスよ」
「あ……いいの? ごめんね」
姉ちゃんがみわに使って欲しいと買ったソファベッド、背もたれと座面を手前に倒すだけでベッドに変形する簡単な造りだけど、この状態のみわでは流石に無理だろう。
「ん、これでオッケー」
「ありがとう……」
横に畳んであった布団を軽く敷いてあげると、みわは電池が切れたかのように、ベッドへ倒れ込んだ。
寝付くまで、とオレも隣で横になる。
おお、ふわふわでめちゃ気持ちいい。
「ごめんね、ほんとに……」
「誰も気にしてないって。……最近は寝る時に薬、飲んでないんスか?」
「そうなの……やっぱり何があっても目が覚めないのって、怖くて……」
「……そっか、そうスね」
この間あんなことが起きたばかりだ。
みわにとって睡眠が、どんどん危険で不安なものになってしまう。