第83章 掌中の珠
結局、お蕎麦屋さんを出て、皆でスーパーでお買い物をしてから帰路についた。
再び玄関に足を踏み入れると、まだ嗅ぎ慣れない香り。
いつの間にか、気付かぬうちに住み慣れた家の香りになっていくのだろう。
外を少し歩いただけでもじっとりと汗が出る。
日がだいぶ落ちても、肌に張り付くような湿った空気はなかなか去ってくれない。
「はーー、汗かいた! シャワー浴びよっか」
あきは、お風呂に蓋をして給湯器の電源を入れてくれた。
お湯張りをします、と女性のアナウンスが響く。
「もうライフラインは全部手続き済みなんですか?」
「うん、みわがちゃんとやってくれてたから」
「流石ですね」
あきと黒子くんはそんな風にひとことふたこと交わしてから、ダイニングテーブルで買ったものを並べている。
……いやいや、そんな褒められるようなことじゃないんだけど……使えない期間があるのは不便だなって思ってやっただけで……。
涼太もあきも黒子くんも、皆優しいからいつもこうやって言ってくれるんだよね。
気持ちはありがたいのだけれど、なんとなく恥ずかしくて聞こえていないふりをしてしまった。
「んじゃ、今日はお疲れ様! みんなありがとね! かんぱーい」
黒子くんはカルピス、私たちは缶チューハイで乾杯。
グラスを見つめてひと息ついてから、口をつけた。
白いサワーは乳酸菌飲料みたいな優しい甘さで、炭酸の泡と共に喉を通っていく。
アルコールがほのかに香って……うん、知ってる感じ。
あの時は……記憶にないけれど、急に立っていられないほどの眠気が来て、それから全く記憶がなくなってしまったんだって、そういう薬なんだって、聞いた。
胸の真ん中あたりが、キシリと痛む。