第83章 掌中の珠
「挨拶行くんなら、オレも行くっスよ」
「ありがとう、ひとりで大丈夫だよ。女性しか住んでないところだから相手に気を遣わせても良くないし……」
「んー、じゃ顔は出さないようにするっスわ。後ろから見てる」
「……う」
折角の涼太の気遣いに固辞するばかりで申し訳がないのだけれど、有名人である彼を余計なゴタゴタに巻き込みたくない。
ただでさえ、散々迷惑かけているというのも勿論、ある。
……と思うのは本音のはずなのに、ついてきてくれると聞いてホッとしている自分もいるから困ったものだ。
「仲良しですね」
「ほんと、微笑ましいことで」
黒子くんとあきが、そう言って笑っている。
普段から涼太に甘やかされてるのが丸見えになってしまったようで、今更ながらに恥ずかしい。
「あはは、もうなんていうか、涼太は過保護だから……」
「分かりますよ。ボクが黄瀬君でも同じ事をしていると思いますから」
「え」
場が、凍りついた。
みんな、笑顔が張りついたまま固まってる。
待って。
黒子くんが、今日は変だ。
「……そうなんスよ。オレたちめちゃくちゃ仲良し。他の男に付け入るスキはないって感じっスわ」
「本当にそうだといいんですけど」
う、あの、ふたりの視線に火花が散っているように見えるのは幻覚でしょうか。
黒子くんがこんな風に言うのは珍しいし、私も何と返してよいのやら、オロオロするばかりだ。
「はー美味しかった。生き返ったわ〜。あんたたち、アホなこと言ってないで早く食べな」
あきの一言で、緊迫していた空気が一瞬和らいだみたいだ。
彼女のこの才能は、さすがとしか言いようがない。
ふたりとも、ちょっとバツの悪そうな顔でお蕎麦を口に運び始めた。
それがお母さんに叱られた子どものようで、なんだかちょっと可愛かった。