第83章 掌中の珠
「みわが良ければ明日の朝にでも帰るつもりでいたんスけど」
「嬉しい……けど、涼太の無理のないようにしてね」
涼太はにこやかにそう言ってるけれど、絶対、今日の分の予定を明日以降に無理矢理詰め込んでるんだ。
涼太のスケジュールは常にパンパンなの、よく分かってる。
今日だって、午前中の練習だけを終えて駆けつけてくれたんだもの。
……明日早くから予定があるから、今日は帰って、って言えば良かったんだ。どうして私はうまく嘘がつけないんだろう。
「黒子っちは?」
「ボクも特に予定はありません」
「はいじゃあ決まり! みんなでご飯にしよ」
あきが綺麗な手をパンパンと叩いて、席を立った。
それに続いて私たちも。
「あの、黒子くんも涼太も、今日は本当にありがとう。これ、良ければ使ってください」
ふたりに差し出したのは、マクセさんへお渡しした物と同じカード。
「いいんですか? すみません」
「オレにまで気を遣わなくていいんスよ」
涼太と黒子くんが並んで目を丸くしているのが、なんだか可愛らしい。
大切なひとたちの大切な時間を使って貰ったことのお礼、気持ちばかりだけどちゃんとお礼したい。
「ううん、みんな忙しいのに、ごめんなさい。今日は本当に助かりました、ありがとう」
「みわに頼ってもらえんのは素直に嬉しいっスわ。いつでも呼んで」
「ボクも予定がなければ来ますので」
「うん……ふたりとも本当に、ありがとう」
なんだろう、涙腺が緩んでるのかな……。
ツンと、鼻が痛む。
困っている時、ちょっと手助けが欲しい時に力を貸してくれるひとがいるというのが、こんなにも嬉しい。
そういうひとたちの存在が、何よりも支えになるのを、私は教えて貰ったんだ。
「……ちょっと、お手洗いに行ってから行くね」
「ん、じゃああたしたち店決めとくー」
玄関へ向かう3つの背中を見送ってから、少しだけ鼻を啜った。