第83章 掌中の珠
「みわは、相変わらず全然持ち物が無いんスね」
「自分的には結構増えたなと思ってるんだけど」
必要最低限の物しかもたない私の殺風景な部屋を、彼はよく知っている。
以前よりも服や化粧品だったりと、流石に高校時代よりも随分物が増えた感覚でいたけれど、あきとの荷物量の差を見れば、まだまだ少ない部類だというのは明らかだった。
「ははたしかに、出逢った頃よりはだいぶ増えたっスわ」
出逢った頃……懐かしい、一人暮らしをしてた時だ。
もうはっきりとは記憶にないけれど、あの頃は部屋はがらんとしていた。
何かを欲しいと思う意欲もなかったし、勉強さえ出来ればいいと、必要最低限の日用品と勉強道具くらいしか持ってなかった。
遠い……ずっと昔のような感覚だ。
なんか、本当に色々あったな……怪我をした時から更に朧げになってしまった記憶もいっぱいあるけど、それを差し引いても濃厚な日々だった。
私が、成人するまで生きられるなんて……自分が一番驚いている。
あの頃の自分に教えてあげたいな。
こんな素敵なひとたちに出逢えるんだよって。
悩みを聞いてくれて、嫌な顔ひとつせずに引越しを決めてくれたあき。
忙しいだろうに、お手伝いをしてくれる黒子くん。二つ返事の快諾だったと聞いている。
マクセさんも、普段お世話になりっぱなしなのに、お手伝いしてくださるなんて。
それに……涼太。
誰よりも休む暇もないくらい忙しいひとなのに、こうして都合つけて来てくれて。
このひとが、真っ黒な日々に色をつけてくれた。
固まった感情を溶かしてくれた。
沢山の出逢いを連れてきてくれた。
何故か感傷的になってしまうのは、慣れ親しんだ部屋から退去するからだろうか。
「みわ」
「うん? ……っ」
名を呼ばれて振り向いた私の唇に、彼の温かいそれが重なった。
お疲れ様、大丈夫だよ。そう言ってくれている気がして、なんだかまた泣きたくなってしまった。
……最後に、何も無くなった部屋の写真を撮って、その場を後にした。