第83章 掌中の珠
「今日外してそのまま新居で取り付け作業、ではなかったんですね」
「うん、この間先に取り外しだけしてもらって、クリーニングをお願いしてたの。丁度いいかなって」
「なんかキャンペーンで安かったんだよね」
「そうなの」
「夏はクーラー酷使しますからね、丁度良いタイミングかもしれませんね」
あきに買ってきて貰ったお弁当を食べながら、そんな他愛もない会話をして過ごしていた。
マクセさんと涼太は、到着するまでにまだ少し時間がかかりそうだ。
「みわも黒子も、もう少しなんか飲む?」
「私はもう大丈夫かな」
「ボクは麦茶を頂きたいです」
「ほいほい」
あきは楽しそうに鼻歌を歌いながら、先程彼女が買ってきてくれた物たちが置いてあるキッチンへと向かった。
「お疲れですか?」
一瞬、黒子くんから出たその質問の意味が分からなかったけれど、さっき私が、引越し作業の途中でうたた寝をしていたからだという事に気がついた。
「ううん、ソファが気持ち良くて寝ちゃっただけなの」
「いえ、元気がないなと」
「……え……そう、かな?」
そう聞いた黒子くんの表情の方が翳っていた。
私、なんかまた、疲れた顔してる?
気をつけているんだけどな。
黒子くんは、私達の引越しの理由を知っているのだろうか。
あきとの仲なら話しているような気もするけれど、なんだかわざわざ面倒臭い事情を共有して迷惑をかけてしまう必要性も感じなくて……。
「みわさんはすぐに無理をしますから。ボクで良ければいつでも聞きますよ」
「あっ……うん、ありがとう」
聞いてない……のかな?
黒子くんのこの寛容さは、涼太の持つ大海のような雰囲気ともまた異なる。
気がついたら寄り添ってくれていた、そんな優しさだ。