第82章 夢幻泡影
あの事件があって数日、私はまた大阪へと出向いていた。
「みわ、なんかすげー疲れてんじゃん」
閑田さんは、次々と流れ出る汗をタオルで拭いながら近づいて来る。
今日予定していたトレーニングメニューを全て消化したところだ。
「いえっ、全然。足、痛みませんか」
「お陰様でな。人生のうちでこんなに足に気を遣って生活すんのは初めてだわ」
閑田さんの足の経過は良かった。
彼の言う通り、無理せずちゃんと与えられたメニューをこなしてくれているんだろう。
基礎トレーニングを始めとして柔軟体操やストレッチをみっちりやっている成果か、全身のバランスが良くなっている。
前は下半身が少し細すぎたし固かったけれども、今はどっしりとした安定感を感じる。
本人がどの程度自覚があるかは分からないけれど、柔軟性や体幹を鍛えると、すごく動きが安定するんだ。
きっと、プレーを再開したら本人が一番実感する事だろう。
涼太も、すごく身体が柔らかいし……。
「なんかまた悩んでんの?」
「あ、いえ、悩んでいるわけでは」
びっくりした、頭の中を覗かれたのかと思った。
顔に出てしまいそうで、普段は練習中に彼の事を思い浮かべるような事はしないんだけど……。
「みわは、たまーに会うと距離感ゼロリセットされてんのがなぁ。タメ口でいいって言ってんのに」
「う」
チームの皆さんからも、もっと気楽に〜なんて言われる。
自分的にはだいぶ緊張もしなくなっているし、すごく打ち解けているつもりなんだけれどな……?
「何悩んでんの」
「いや、悩みというほど大層なものじゃないんです。お気を遣わせてしまってすみません」
閑田さんは、ポリポリと後頭部を掻いてからため息をついた。
「別に俺がなんか物凄いアドバイスしようってんじゃないよ。聞いてもらうだけでも楽になる事ってあんだろ」
そんな風に言ってもらえる事がありがたすぎて、本当に私は周りのひとに恵まれているんだと思った。