第82章 夢幻泡影
「……あ、もうこんな時間」
気が付けば日が変わるまでお喋りをしてしまっていた。
時間を忘れて過ごす事が出来たのはあきのおかげだ。
友達の偉大さを改めて思い知る。
「ごめんね、遅くまで。あきも明日早いんじゃない? そろそろ寝ようか」
「そーね、そろそろかなー」
気持ちも少し落ち着いた。
シャワーを浴びて少し参考書を読んだら、今日は寝てしまおう。
カップの片付けは私が請け負って、あきには早く休んで貰おうと思ったんだけれど、彼女は部屋に戻らずにキッチンへ入って来た。
「何か忘れ物?」
「みわ」
「うん?」
「やっぱさ、引っ越そ」
「……え?」
あきの突然のその言葉がスッと頭には入って来なくて、流れ続ける水の音に気が付いて、慌ててレバーハンドルを倒した。
吐水し続けていた水栓が静まり返ったのと同時に、あきは続ける。
「やっぱりもうここには住めないよ」
「……え、それは、どうして……?」
「自分じゃ気付いてないかもしんないけど、あたしと話してる間も今も、ちょくちょく後ろ振り返ったり部屋を見渡したりしてるじゃん」
返す言葉がなかった。
あきの言う通りだ。
さっき自分の部屋に居た時も、リビングに来てからも、誰か知らない人間が侵入してきていないか、そんな事がちょくちょく脳裏を掠めてしまっていたんだ。
でも、そんな風に行動してしまっていたなんて全然自覚がなかった。
「……ごめん、無意識だった……」
「ここが落ち着ける場所でいられなくなった以上、ちまちま対策を考えるよりも引越すのが一番いいと思うんだけど。みわはどう思う?」
「引越し……」
お引越しと一言で言っても、簡単なものじゃない。
お金もかかるし、時間もかかる……そして、あきを巻き込むなんて。
「ちょっとあたしも物件探してみるからさ。無理にとは言わないけど……ちょっと考えてみてよ」
お引越し……。