第82章 夢幻泡影
「涼太、今日は本当にありがとう。私もう大丈夫だから」
「ん、とりあえず今日のところは帰るけど……なんかあったら時間気にせず連絡するんスよ」
「うん」
結局私って奴はまた寝てしまい、再び目を覚ましたら日はとっぷりと暮れていた。
涼太は隣に居てくれて……全然休めてもいない筈。
もう帰らなければならない時間になってしまったから駐車場までお見送りに行くと言ったのに、首を縦に振ってはくれなかった。
「……とは言え、みわが連絡くれるとも思えないんスけどね」
「そんなことないよ、いつもお話聞いてくれてるもの」
心配そうな表情は変わりなくて……折角会えたのに、こんな目に遭わせてしまって本当に申し訳ない。
「マジで。声聞きたくなったら電話して。会いたくなったらすぐ言って」
まるで、涼太は私のお父さんみたいだ。
手のかかる娘だと面倒見てくれている感じ。
「ありがとう、涼太」
「寝れなかったら何時でもいいから」
「うん」
嘘のない言葉が、胸にジンと沁みる。
自分を大切にしてくれるひとの存在に、こんなにも救われる。
「とか言って……オレが、離れたくないだけなんスけど」
大きな手が、左頬に触れた。
頬骨を親指でなぞるように触れるのは……キスの合図。
反射的に、いつもそうしているように、目を閉じてしまった。
あったかくて柔らかい唇が、そっと鼻筋に触れて……続いて、啄むように私のそれに触れる。
労るような、癒すような唇の動きに、大きな胸の中の安心感に、表現出来ない気持ちをいっぱい受け取って、満たされて。
「……オレが出たらすぐ鍵閉めるんスよ」
「ん」
「調子悪いと思ったらすぐ休んで」
「……うん。ありがとう、涼太も、気をつけてね」
「また連絡するっスわ。おやすみ」
「おやすみ、なさい」
涙を堪えるので精一杯だった。
自分の不甲斐なさが悔しい。
大切なひとにあんな顔をさせてしまうことが、許せない。
施錠して、リビングに人影がないことを確認してから、自室へ戻った。