第82章 夢幻泡影
あきサンは、はぁと大きくため息をついた。
「……あたし、絶対許せない」
その目尻には、涙が滲んでいるように見える。
こんな風にオレとふたりで居る時に感情を露わにするのは、彼女にしては珍しい。
「みわは……ずっと、拒むのを許されなかったのに」
一瞬、オレの頭の中を覗かれたのかと思った。
あきサンは、俯いたまま続ける。
「それが、やっとちゃんと、自分の意思で生きられるようになってきたのに」
みわは、ずっとずっと自分の気持ちを抑えて、封じ込めて生きてきた。
気持ちと身体を犯され続けても、拒否することすら許されなかった。
それが様々な出逢いと経験を経て、少しずつ彼女の中でも変化があって、今やっと自分で前を向いて歩けるようになってきたのに。
みわの努力をぶち壊すようなこと、しやがって。
「なんで、そんな事すんの……なんで、みわばっかり」
声は完全に濡れている。
「あきサン」
「分かってるよ。みわだけじゃない、それこそあたしだってこういう事になる可能性は十分にある。それは分かってる」
やり場のない怒りは、腹ん中でぐるぐると渦巻いて、どんどん温度を上げていく。
きっと、あきサンも同じだろう。
「でも、あんなに必死で頑張ってるみわに、あんまりじゃん」
口の中がカラカラだ。
イガイガする不快感が、ざらついたココロを逆撫でする。
「……あんたに言ったってしょうがないよね。あんただって怒ってんの、分かってる」
なんとかおさまっていた怒りが、また沸騰を始める。
抑えろ、抑えろ。
「……ごめん、ちょっと頭冷やしてくるわ。引っ越しの事は、落ち着いたらみわとも相談してみる」
「ん、分かったっス。任せっきりでごめん」
あきサンは、鼻を啜りながら自室へ戻っていった。