第82章 夢幻泡影
不思議。
あんなに不安になるような事があって、勿論今も不安だし、身体もいつも通りというわけにはいかないんだけれど、同じ空間に涼太がいてくれるというだけで、会話はなくとも、こんなにも気持ちが楽だ。
「寝ていいんスよ。オレはオレで勝手に過ごしてるから」
涼太は何かあるとそう言ってくれるんだけれど、彼の大事な時間を使わせてしまっているのが申し訳なくて……。
ううん、またごちゃごちゃ考えるのは悪い癖だ。
今は早く治すこと。それが私にできること。
ころんとお布団に横になって、涼太に視線を移す。
一本電話をかけてくると言って少しだけ席を外した以外は、私のお部屋でスマートフォンを見たり、少し横になったりして過ごしてくれている。
目が合うと笑いかけてくれるのがすごく嬉しい……横になっているだけ、と思っているのに、涼太と過ごしていると胸の辺りがあったかくなって、なんだか自然と眠気がやってきてしまう。
一度、起き上がろう。
眠らずに、もう元気になったよって、もう大丈夫だよって、送り出さなきゃ、いけないんだけど……。
なんだか、ぽかぽかする。
私、また寝て、しまったんだ……涼太に、声かけないと……。
クーラーをつけていたよね、頭の辺りはひんやりしているんだけれど、不思議と身体は冷えを感じない。
眠くて、すぐに目が開けられない。こんなこと、滅多にないのに。
なんだか……いい香りがする。
あ……そうだ、これは大好きな香り。涼太の匂い。
……匂い?
不思議に思って、重たい瞼を開けた。
最初に目に入ったのは、閉じられた瞼に長い睫毛。
涼太が、目の前に居てくれてる。
……じゃ、なくて。
涼太が、寝てる!?
起こしてしまわぬようにそっと身体を起き上がらせる。
窓の外から差し込んで来る力強い光の存在が感じられない。
明らかに太陽は中天を過ぎている。
私がお布団に横にならせてもらったのは、午前中だった筈……。