第82章 夢幻泡影
それから鍵屋さんは驚くほどの早さで我が家へと来てくれた。
対応をしてくれようとする涼太をなんとか無理矢理説得して、玄関での業者の方とのやり取りは私が担当する事になった。
……いや、私の家なんだから当然なんだってば!
甘えすぎなの!
涼太は不承不承といった感じで私が出る事を受け入れてくれたんだけど……ひとつだけ、条件があるって。
それは……。
「今日は鍵の交換と承っております。ご希望の鍵はお決まりですか」
そう言って差し出されたのは、鍵の種類と金額が書かれた紙。
カラー印刷されたそれはラミネート加工されていて、両面にびっしりと説明書きがされている。
「あ……はい、えっと……お、お、お、夫に、か、確認、します」
業者さん、お忙しいのにお待たせしてしまってごめんなさい。
優しい笑顔を向けて下さって、ありがとうございます。
かたや私は思いっきり噛みまくってしまって、ただの不審者だ。
いたたまれない気持ちのまま、自室へと走った。
涼太はドアの所によりかかって、満足げな微笑みを浮かべている。
「いや~、めっちゃ新鮮っスわ……」
主語がないけれど、何の事を言っているのかは分かる。
恥ずかしすぎて顔を上げられない。
「も、もうこれにしようかなって思ってるんだけど」
「え、冗談でしょ。コレ一択じゃねえスか」
一覧表の中で一番安価な鍵の写真を指差した途端、涼太に一蹴されてしまった。
【世界最強の防犯性能】とか、【2兆2千億通りという膨大な理論鍵違い数を実現】とか、なんか仰々しい単語ばかりが連なっている。
大家さんに許可は得たけれど……ちょっと、お高い。
「オレ出すから大丈夫っスよ」
「とんでもない! 私もちゃんとバイトしてるから!」
もう普段から散々お世話になっているのだもの、絶対これは譲れない。