第82章 夢幻泡影
突然彼から出た聞き慣れない単語に、布団から転がり落ちた。
文章全体を反芻させようと思ったんだけれど、衝撃が強すぎてよく思い出せない。
「ん~、ちょっと強引だけどこんなモンっスかね……」
「涼太、ど、どういう」
「いや、オレとしてはみわに対応させたくはねえんスけど……ヘンなウワサ避けようと思ったら、これしか思いつかなくて」
「えっと……」
「女のコの一人暮らしっていうのが分かんないようにしたかったんスよ。まあ、あきサンもいるけどふたりとも女なんだから変わらないっしょ」
相手はプロなんだから、そんな心配しなくてもいいんじゃ……と言いかけて、先日の事件を思い出した。
それを心配してくれての行動じゃないか、もう混乱しすぎ……。
「なんかあんまりにも自然に言うから、驚いちゃって……」
「ん? 何を?」
「あ……ううん、なんでもないんだけど、あの、妻って……」
「そんなに驚くことっスか? そのうち使うようになるんだし」
あ……そう、だよね。
もうふたりとも、二十歳を超えてるんだもん。
涼太だって、結婚するだろう。
そうなったら、自分の奥さんの事、そう呼ぶようになるもんね……。
なんだろう、当たり前なんだけど、なんだか胸の奥がチクチクする。
「そんなに時間かからず来てくれるみたいっスよ」
「今から?」
「うん、24時間営業んトコ探したんスわ」
「ありがとう……」
本当に何から何までお任せしっぱなしだ。
せめてみっともない服装は着替えておいた方がよいだろう。
あ、玄関も少し掃除しておいた方がいいかな……。
「みわ、何しようとしてんスか」
「え、ちょっと着替えて玄関の片付けしてこようかと」
「寝てろって言ってんでしょ。オレが対応しとくからいいって。一応万が一みわが出るコトになってもいいようにって思ってああ言っただけだから」
「万が一って……」
「ほら、メガネもウィッグも持ってるし。バレないっスよ」
涼太が持ち歩くようにしている眼鏡と黒髪のウィッグ……本人が思っているよりも、隠せていない。
彼のオーラを隠す事はそんなに簡単な事じゃないもの。