第82章 夢幻泡影
「いや……うん、そう、うん……いいスか、あー、それは大丈夫、オレいるし。うん、悪いけど」
涼太はあきとお話を続けてくれて、それが途切れたところで私の方に向き直った。
「みわ、代わるっスか?」
「うん、ありがとう」
ほんのりと熱の残るスマートフォンを受け取り、耳を当てる。
「もしもし、あき?」
『みわ、聞いたよちょっと大丈夫!? 今日早く帰るようにするから』
「あっ、そんなの気にしないで、ごめんね」
『とりあえず黄瀬に鍵付け替えの連絡して貰う事にしたから』
「えっ? いや、私がするから大丈夫だよ!」
待って待って、涼太に業者への連絡なんてさせられない。
自分で出来ることはちゃんと自分でやらなきゃ。これ以上甘えるのは許されない。
『いいって、相手も男だと何にも出来ないでしょ』
あきの発言がすぐに脳内に入ってきたけれど、意味が反映されてこなくて。
「それ、どういう……意味?」
『もう業者だろうがなんだろうがヘタに信用出来ないって話よ』
「え……?」
鍵の業者が信用出来ないって、どういう……?
頭の上にハテナが飛び交い、こちらの様子を伺っている涼太と目が合った。
『この間あったじゃん、合鍵作る業者が、好みの女の子のお客さんの合鍵こっそり作って侵入して無理矢理……ってやつ』
「あ……」
あった……。
鍵を失くしてしまい、付け替えを依頼した女性が、業者の男に強姦されたあの事件。
画面に表示された文字列と、抑揚なく繰り返される残酷な単語に、思わずテレビを消した記憶。
自分にはそんな魅力はないから大丈夫だと安心する気持ちと、それでも何が起こるかなんて分からないと思う気持ちが渦巻いてる。
『どうせ今黄瀬がいるんだから、ちょっと対応はアイツにお願いしてよ』
「……うん……涼太ともちょっと、お話してみる」
『連絡はつくようにしとくから、なんかあったら電話して!』
「ありがとう……」
どうして……そんな事ばかり、起こるんだろう。
特別な事は願ってない。
ただ普通に、穏やかに生きていたいだけなのに。