第82章 夢幻泡影
「昨日……出かけた時に使ったきり、かも」
ちゃんと鍵をかけた記憶はある。
その後鞄にしまって、ゼミの集まりに……。
「ポケットとかに入ってるかな……?」
「昨日、飲み会ん時鞄どこに置いてあったんスか?」
「え、飲み会の時? 自分のすぐ後ろに置いておいたよ」
「……」
鞄を倒したりした記憶はないし、そもそも口の開いているタイプの鞄ではないから、店に落として来てしまったという可能性はなさそう。
だけど……涼太は眉間に皺を刻んだままだ。
「なにか、ある……?」
「……盗られたかもしんねぇスね」
「と……」
一瞬、単語の意味が理解出来なかった。
それって、盗まれた、って事だよね……?
「なんで……そんな事」
「昨日そのままみわんちに連れ込んでヤろうとしたのかもしんないし、空き巣目的かもしれねえ」
飛び出して来た単語はどちらも不穏すぎるもので、すぐに受け止められない。
自分の家の鍵が誰か他のひとの手にある。
想像しただけで血の気が引いていくようだ。
でも、思い込みかもしれない。
何か、何か昨日から今日にかけて、なかったかな。
鞄を覗いたとか、鍵を手に取ったとか……。
なんでもいい、些細なことでも、気になる事……
そうだ、気になる事と言えば。
「涼太は今朝、どうして出て行ってすぐに帰って来たの?」
朝、私の部屋を覗いてから家を出て行って、わずか数分で帰って来たのは何故だったんだろうか。
忘れ物でも、したのかな……?
「ん? 出て行ってすぐ? いや、ちょっと離れたコンビニ行ってたから、そんなにすぐは帰って来なかったんスわ」
「え、だって朝……え……?」
涼太が何かを隠しているような様子はない。
「……涼太、何回ここを出入りした……?」
「昨日の夜、みわと帰って来てからは、今朝コンビニに出たくらいっスけど」
待って。
涼太が帰って来る前に家にいたのは、誰?