第82章 夢幻泡影
聞き間違える筈もない。
今のは、間違いなく鍵が開いた音だ。
怠かった筈の身体にビリリと電気が走ったような緊張感が走り、飛び起きた。
あき……?
こんな時間に、帰って来たの……?
確か今日は友達の家に泊まりって、共同のカレンダーに書いてあった気がするんだけれど……。
玄関を開けたらすぐに部屋の中が見えるような作りにはなっていないけれど、この家はそんなに広さがあるわけでもない。
誰か分からない以上、ここでぼんやりとしているのは良くないかもしれない。
いつもなら、あきに挨拶すべくダイニングに顔を出すけれど、分からない事ばかりで、なんだか今日はそんな気になれなくて。
もし……もし万が一あきじゃなかったら、お風呂場の方へ向かうと鉢合わせてしまう。
急いで狭いクロゼットへ身体を滑り込ませた。
……あきなら、なぁんだ良かったって言って笑えば済む話だもの。
慌てすぎて、スマートフォンを掴んで来ていた。
そうだ、メッセージアプリで連絡すればいいんだ。
“あき、おはよう。
今部屋にいる?”
同じ家に居たとしたら、ヘンテコなメッセージを送っているというのは分かっている。
画面を開いたままにしていたら、すぐに既読マークがついた。
“おはよー!
ううん、今日は泊まり。
夕飯食べて帰る予定〜”
また、心臓が嫌な音を立てた。
じゃあ、今入って来たのは誰?
あきの知り合いの誰かが来る予定なら、彼女なら絶対に事前に連絡くれるはず。
もし忘れていたとしても、今のこのタイミングで教えてくれるはずだ。
カチャリ、この部屋のドアが開いた音。
動きも、呼吸さえも止めて気配を窺う。
立ち止まっているのか、音は何も聞こえてこない。
心臓の音だけが、無意味に響いてくる。
特に部屋を歩き回ったりという様子はない。
……暫くして、また静かにドアは閉まった。