第82章 夢幻泡影

大きく、息を吸う。
昨夜の記憶がないからと、無駄に混乱してしまっているような気がする。

ちょっと落ち着こう。
動揺は、不要なトラブルを生むから。

クロゼットに物が少なくて、隠れるスペースがあって良かった。
出来るだけ音を立てないように、外へ出る。
いつもの自分の部屋なのに、なんだか落ち着かない。

再度、玄関のドアの音は聞こえてないから、今ここに来たひとは、まだ家の中にいる……んだよね……？

どうしよう。覗いてみようか。
やめた方がいいかな。

ほんの少しだけドアを開けて、隙間から覗き込むというのはどうだろう。
この部屋だって一応鍵がかかるし、もし知らないひとだったら急いで鍵をかければいいんじゃないか。

そう、しようかな……。

無駄にドキドキしながら、扉に向かう。
どうして自分の家でこんなに緊張しているんだろう。
心臓が口から飛び出しそうだ。

意を決してドアをそっと開ける。
縦長の視界に、動いているものは映らない。
もう少しだけ……

そう思って、目の前の板の向こう側ばかりを気にしていたせいか、持っていた筈のスマートフォンが、手からスルリと抜け落ちた。

しまった……！

ゴン、と低い音が響く。
音を立てないようにそっとドアを閉めて、慌てて落ちたそれを拾い上げた。

どっくん、どっくん。
心臓の音が、今までの何倍もの大きさになってしまった。

もう一度、クロゼットに隠れようか。
いや、でももう音を立ててしまった以上、見つかるのは確実だ。

どうせ見つかるのなら、いっそのことこちらからドアを開けてしまった方がいいんじゃないか。

そんな風に考えて、思い切ってドアを開け放った。

「……誰、か、いますか」

覚悟を決めたくせに、あまりに小さな声を出してしまい、自分で笑えて来る。

あきの部屋のドアが開いている。
やはり、あきの関係者？　お母さんとか？

あきの部屋を覗きにいこうとした瞬間、玄関のドアが閉まる音が響いた。