第82章 夢幻泡影
身体を纏う熱は、涼太に抱き締められた時のそれと全く異なる。
無遠慮に縮められた距離を元に戻そうとしても、振りほどけない。
「離して……っ、離して、もらえますか!」
慌てて、出来る限りの大きな声を出した。
もう、配慮している余裕なんてなくて。
「神崎ちゃん、いー匂いすんね」
耳元でスンと嗅がれて、全身に鳥肌が立つのが分かる。
怖い。このまま、何をされるか分からない。
「あ、の……っ!」
瞬間、ゴンと低い音が響いた。
音のすぐ後に私を拘束していた腕が緩んで、タケさんは自分の頭をさすりながら、蹲った。
「いってー……なんだよ」
「タケお前、飲み過ぎだっつーの」
グーを作っているのは、いつもタケさんと一緒にいるメンバーのうちのひとり。
「んだよー……いーとこだったのにさー」
タケさんはそのまま、座布団に突っ伏してしまった。寝て……しまったんだろうか。
お座敷で良かった。少し横になれば酔いが覚めるかもしれない。
「神崎さんごめんね、タケ酔っ払っちゃってさ。こっちおいでよ」
「あ……あ、りがとうございます」
声をかけて貰えて、心底ホッとした。
まだ口をつけていないお酒のグラスを持って、席を移動する。
なんだかさっきよりグラスの中の青いお酒の色が濃くなっているような気がするけれど、きっとこの動揺した気持ちのせいだろう。
「大丈夫だった? アイツ悪ふざけするクセがあるからな」
悪ふざけ……嫌がっている相手に無理矢理ああやって触れて……悪ふざけ、って言うのかな……。
いやきっと、私が過敏になってしまっているだけだ。
タケさんには悪気は全くなくて、お酒のせいで暴走してしまっていたんだろう。
「今日はもう……帰ろうと、思います」
ざらついた神経が元通りになる気配はなくて、今日はやっぱりもう、帰るべきかもしれない。
「えー、教授あと30分くらいで着くって言ってたけど、いいの?」
「あ……そうだったんですか……じゃあ、ご挨拶だけして帰ります」
そう思ったんだけれど、教授がいらっしゃるというのに、呑気に帰るわけにはいかない。
もう少しだけ、居よう……。