第82章 夢幻泡影
「お、神崎ちゃん、おかえり〜」
部屋へ戻ると、タケさんはまだ隣に座っていて、私の姿を確認すると大きく手を振った。
神崎ちゃんって……普段、神崎さんとしか呼ばないのに……どうしたんだろう。
「まだ飲むっしょ」
「あ……はい、飲もうかな」
せめて今日は皆と一緒に楽しく過ごさないと、申し訳ない気がして。
「どれにしようかな……」
メニューを見るものの、知らないお酒ばかりだからなかなか決まらない。
名前は聞いた事があっても、どんな味かを知らなかったり。
居酒屋によっては、カクテルメニューのところに何と何が入っていると書いてあるお店もあるけれど、ここは書いてないみたいだ。
「これ美味いよ」
「そうなんですか、じゃあこれにしようかな」
「すいませーん、チャイナ・ブルーひとつ」
タケさんがお勧めしてくれたのは、チャイナ・ブルーというお酒。
大好きなブルーの文字に、少しこころが弾む。
注文をして貰って、間も無く店員さんがお酒を持ってきてくれた。
「チャイナ・ブルーをご注文のお客様」
「はい、私です……っ!?」
手を挙げてグラスを受け取った瞬間に、異変を感じ取る。
内腿を這っているのは、大きな手。
タケさんが、こちらを覗き込みながら私に触れていると気がついて、突然の状況に、一瞬頭が真っ白になった。
「あ、あの」
「ほら、一旦酒は置いて」
腿に触れていた手が離れると同時に、お酒のグラスを取り上げられた。
タケさんは私に背中を向けて、テーブルへとお酒を置いたようだ。
そして何が起きているのかを把握出来ていないうちに、今度は突然視界が遮られた。
「ね……俺マジで神崎ちゃんと一緒にいんのが楽しくてさ……やっぱり抜けようよ」
抱き締められているのだと認識するのに、また少し時間を要した。
「す……すみません、お断り、します」
これはもう流石にもう誰かの助けを借りた方が良い。
タケさん、ひどく酔っ払ってしまったんだろう。