第82章 夢幻泡影
画面には、最愛のひとの名前。
その文字が見れなくなるのがなんだか寂しくて、タップするタイミングが少し遅れた。
「はい、みわです」
『オレ。涼太』
「うん……涼太、おつかれさま」
涼太と口にするだけでなんだかホッとする。
本当に、精神安定剤みたいだ。
『今、時間大丈夫っスか? 今日、飲み会だったなとは思ったんスけど』
「うん、今ちょうどね、お手洗いに来たところなんだ」
『そっか、近くで飲んでるんスか?』
「ううん、学校の最寄り駅前の“民民”だから、電車で帰るよ」
『え、大丈夫なんスか、酔ってんのに』
「大丈夫だよ。電車に乗るから、そんなに酔うほど飲んでないの」
何度か飲んだ事はあるけれど、そんなに酔っ払った過去はない。
大体帰り道には酔いが覚めている事が殆ど。
職場の先輩曰く、“アルコール分解能力が高いんじゃない?”とのことなんだけれど、よくわからないや……。
『……みわはベロベロになるほど酔うタイプじゃないし、まあ強い方だからそこはあんま心配してないっスけど……』
「ごめんね、何か用事だった?」
『いや、今日実家に荷物取りに出たから、ついでに帰り、顔見てこっかなって思っただけなんスわ』
「あ……そう、だったんだ……」
ついでに、というか全然方向が違うけれど……会いに来てくれようとしてたんだ。
今日、やっぱり飲み会はお断りすればよかったなんて後悔するのは、ゼミの皆に失礼だとは分かっているんだけれど。
「ごめんね。折角、連絡くれたのに」
『いや、オレが突然だったし。また連絡するっスわ』
落胆する気持ちが顔を出したと同時に、先ほどの同級生との会話が思い出された。
「あの……」
『ん?』
思わず呼びかけてみたものの、どういうお話の流れにするかというのを、全く考えていなかった。
高価なものを頂いてしまって、申し訳ない気持ちやらなんやらで、混乱中だ。
「あっ、急ぎじゃないから、今度会ったらお話するね」
『……みわがいいなら、いいんスけど』
ごめんね、またね、と挨拶を交わして終話した。